2-21 友達でライバルな二人のこれから
――それから数日後。
普段通り学校から帰ってきた僕がリビングに足を運ぶと、
「ああっ! うぐっ! てりゃあ!」
コントローラーを握りながら忙しそうに身体を動かしている叶実さんの姿があった。
「
「いけー! そこだー!!」
しかし、僕の存在に気付いてはいないようで、代わりに画面の中のキャラクターが対戦相手のキャラクターを吹き飛ばしているところだった。
「やったー! 勝ったーー!」
そして、どうやら叶実さんが操作していたキャラが勝利を収めたようで、リザルト画面では可愛らしいダンスを披露していた。
「へへ~ん、またわたしの勝ちだよ!」
一瞬、叶実さんが僕の存在にようやく気付いたのかと思ったが、よく見ると彼女の目の前のテーブルにはスマホが置かれ、通話状態になっていた。
『うぐぐ……!
そして、女の人の声がスピーカー越しで聞こえてくる。
「いいよ~。でも、まだまだわたしも牡丹ちゃんには負けないからね」
『臨むところだわ! この私の血の滲むような成果を、あなたに叩き込んでやるんですから!』
通話の相手は、声や話し方でおおよそ検討がついてしまった。
「あれ?
すると、ようやく叶実さんも僕が帰ってきたことを認識する。
『あら?
そして、同じく僕の名前に反応した彼女が僕にも話しかけてくる。
なので、僕も彼女に対して、しっかりと返事をした。
「こんにちは、
『ええ、どうも。ご無沙汰、と言われるほど、あなたたちと会った日から、まだ全然日にちは経っていませんけどね』
「ははっ……確かに、そうですね」
相変わらず、手厳しい日輪さんだったけれど、僕はゲームの画面を確認しながら彼女に言った。
「日輪さん、叶実さんが薦めてたゲーム買ったんですね」
今、テレビに映っているゲームは、この前姉さんと叶実さんがやっていた格闘ゲームだ。
このゲームは、インターネット対戦もできるので、つまりは叶実さんの先ほどの対戦相手は、日輪さんだったということだ。
『え、ええ……。七色咲月が、どうしても私と遊びたいと申しましたので付き合ってあげたんです』
何故か口ごもりながら返事をするのは、実に日輪さんらしい反応だった。
しかし、そんな反応にも、純粋な叶実さんは気付いていないようで、嬉しそうな表情を浮かべる。
「うん! わたし、
『と、当然です! こんなゲーム、私にとっては造作もありません!』
きっと、電話の向こう側の日輪さんは、笑顔を浮かべるのを必死で堪えていることだろう。
『それより七色咲月! 今すぐ再戦を申し込みますわ!』
しかし、それを誤魔化すためだろうか、いつもの調子に戻った日輪さんは叶実さんに宣戦布告を申し出る。
「ふふーん、臨むところだよ!」
そして、その挑戦状を受け取った叶実さんも、またゲームキャラのセレクト画面へと移動する。
やれやれ、と思いつつ、僕は一度キッチンへと戻り、叶実さんの為にジュースやお菓子を準備することにした。
いつもは僕からそんなものを用意することはないんだけど、なんとなく、そういうことをしてあげたい気分になってしまったのだ。
しかし、いざ準備しようとしたところで、僕のスマホが鳴ったので、画面を見る。
そして、連絡が来た相手を確認したのち、僕は一度廊下に出て、彼女からの呼び出しに応えた。
『どうも、瀬和様。ご無沙汰しています』
電話の相手は、日輪さんの専属メイドである
『申し訳ございません。せっかくの瀬和様の貴重な時間を、たかがメイドに費やしてしまうことをお許しください』
い、いや……そんなこと、全くこれっぽっちも思っていないんですけど……。
むしろ、三森さんみたいな素敵な人と交流が持てるのは、役得だと思う。
『ただ、どうしても瀬和様には改めてお礼をと思いまして、ご連絡させて頂きました。お嬢様たちも、今はゲームに夢中になっておられますし、私が瀬和様を独り占めできるチャンスかと思いまして』
少し言葉に引っ掛かりがあったものの、三森さんのいうように彼女たちは今現在ゲームに夢中になっているようなので、お互い邪魔をされることがないタイミングを狙ってくれたのだろう。
『瀬和様。改めて、お嬢様の専属メイドとしてお礼を申し上げます。お嬢様も、最近はすっかり素直になられて、七色咲月様のお話ばかりしてくださいます』
「そうですか。それは……本当に良かったことだと思います」
その様子を想像して、僕は少しだけ自分の口角が上がったことに気付く。
実際、叶実さんも日輪さんの話をすることが多くなった。
あの日曜日、『Colette《コレット》』で無事にお互いの誤解が解けて、すっかり2人は仲良くなった。
結果、連絡先も交換することができて、御覧のとおり、今ではゲームでネット対戦をするまでの仲になっている。
ただ、ちょっとだけ、僕には心配事もあったりするのだが……。
「……あの、三森さん。日輪さん、叶実さんに付き合って仕事の時間が減ったりしてませんか?」
それこそ、先ほどの三森さんの冗談とは違い、日輪さんの仕事の時間は、とても貴重なものだ。
それを、ぐうたら癖のある叶実さんと合わせてしまうことで、彼女への仕事に影響してしまわないかと、勝手ながら心配しているのだ。
『いえ、その心配には及びません』
しかし、僕の心配が杞憂であることを証明するように、三森さんは宣言した。
『もし、お嬢様が原稿を落とすようなことがあれば、私がお仕置きをすると言ってますので大丈夫かと。お嬢様も、あんな目に遭いたくはないでしょうしね』
「お、お仕置き……」
『おや、ご興味があるようでしたら、お教えしましょうか? ただ、未成年である瀬和様には、少々刺激が強いかもしれませんが……』
「い、いえ! 結構です!」
多分、僕が聞いちゃいけない内容だと、本能的に察する。
『まぁ、冗談はともかくとして、七色様がお嬢様の仕事に影響を及ぼしているということはありません。むしろ、お嬢様は今までで一番、気合が入っておられますよ』
そして、三森さんはひと呼吸したのち、僕に告げる。
『お嬢様は、誰よりも負けず嫌いですから』
それは、誇らしい主を自慢するかのような、そんな感情が籠っていたように、僕には思えた。
『では、私はこれくらいで。あっ、そうそう……』
そして、電話を終えようとした瞬間、まるで何気ないことを聞くかのように、彼女は言った。
『瀬和様。今、好意を抱いている方はおられますか?』
…………はい?
『つまり、誰かに恋をしているとか、気になる方がいるということはないでしょうか?』
「な、なんで急にそんなこと!?」
突拍子のない質問だったので、僕はただ、慌てふためく反応しかできなかった。
『いえ、実は、つい最近、職場でそういう類の相談事をされてしまったので、瀬和様にも聞いてみただけです』
「え、えっと……すみません……そういうのは、全然……」
『そうですか。畏まりました。では、そのように伝えておきましょう』
えっ? 伝えておく?
『おっと。私としたことが、失言でしたね』
そして、こほんっ、とわざとらしく咳払いをしたあと、三森さんは僕に別れの言葉を告げた。
『では、瀬和様。また近いうちにお会いするかと思いますが、今後とも、どうかお嬢様のことを、宜しくお願い致します』
なんだか、最後は完全にはぐらかされたような気もしたけれど、三森さんの思考など、凡人である僕が読み取れるはずもないので、深くは考えないことにした。
きっと、三森さんなりの冗談の1つなのだろう。
そう思って、リビングに帰ろうとしたところで、
「津久志く~ん!!」
「うわっ!!」
僕の背中にのしかかって来る人影があった。
当然、そんなことを急にしてくる人物は1人しかいない。
「津久志く~ん!! わたし、お腹すいた~~! ねえねえ、お菓子食べていいでしょ!」
どうやら、僕と三森さんが電話をしている間に、日輪さんとの再戦が終了していたようだ。
そして、耳元で甘えるようにおねだりしてくる彼女に、僕はため息をついてしまう。
「……わかりました。その代わり、晩御飯に影響がでない量にしてくださいね」
「わかってるって~。ありがとう、津久志くん!」
そういうと、彼女は僕を逃がさないといわんばかりに、ぎゅっと抱きしめてくる。
本当に、甘え上手な人だな、なんて思いつつ。
それに乗せられてしまう自分も、とことん甘い人間なのだと思ってしまう僕だった。
ただ、ずっと彼女の傍にいた僕としては。
そういう元気な彼女が1番自然で、これからもずっと傍にいたいと思ってしまうのだった。
【甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか? 第2部 完】
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