2-18 作戦決行日の日輪牡丹と僕の友達の変化


 猫耳メイド喫茶『Colette《コレット》』で叶実かなみさんと日輪ひのわさんが遭遇する前日の夜。


 僕は叶実さんがソファで寝ているのを確認したのち、日輪さんに連絡をして、無事に最初のミッションを成功させたことを伝えた。


『猫耳メイド喫茶……? なんですの、それは?』

『コンセプト喫茶というものですね。あまりお嬢様には縁のないお店でしょう』


 怪訝そうな声が返ってくる日輪さんに対して、フォローを入れてくれる三森さん。


瀬和せわ様。では、当日、私はお嬢様のサポートとして現場に配置はしておりますが、基本的には見守っているだけなので、申し訳ございませんが、あとのことは宜しくお願い致します』

『えっ。三森みもり、あなたは一緒に来てくれないの?』

『行けるわけないでしょう? お嬢様は友達と遊ぶときに保護者を同伴させますか? 幼稚園児じゃないんですから、1人でなんとかしてください』

『うっ! わ、わかったわよ!』


 若干不安そうではあるものの、日輪さんは三森さんの意見に同意した。

 僕としては、三森さんがいてくれたほうが安心だとは思うのだけど、そういうわけにはいかないらしい。


 それとも、三森さん的には、日輪さんだけで解決したほうがいいと判断したのかもしれない。

 見守るだけが保護者の役目ではないことは、僕も叶実さんと一緒に過ごして気付いたことだ。


 まあ、年下の僕が叶実さんの保護者だと名乗るのは、ちょっとおかしいかもしれないけど。


『とにかく! 明日、そのお店に行けばいいのね!』

「はい。すみません、叶実さんが誘って出掛けてくれる場所って、そこくらいしか思いつかなくて……」


 本当なら、もっと相応しい場所で待ち合わせをセッティングできれば良かったのだけど、叶実さんが素直に僕の言うことを聞いてくれるのが『Colette』しか思いつかなかったのだ。

 そのおかげもあってか、普段夜更かし気味の叶実さんが、日付が変わる前の時間帯に床に就いてくれている。


『いいえ。瀬和様のお陰で、お嬢様もやっと七色様にお会いできるので感謝いたします』


 電話越しでも、三森さんの態度は実に慇懃なものだった。


『ではお嬢様。明日の為にお嬢様もさっさと寝てください。ここ数日、アホみたいにそわそわして眠れていないのですから、せめて前日くらいはちゃんとお休みになってください』

『べっ、別にそわそわなんてしないわよ! た、ただ……ちゃんと瀬和津久志が私との約束を守ってくれるか、心配だっただけよ……』


 相変わらず、主人に対しては厳しい三森さんだったが、それはそれでちゃんと心配はしていたのだろう。


『……ねえ、瀬和津久志』


 そして、少し声を詰まらせたのちに、日輪さんは僕に言った。


『……その、あ、ありがと』

「……いえ。僕にはこれくらいしか、できませんから」


 本当に、僕にできることなんて全然ないけれど。


 それでも、少し不器用な日輪さんのことを放っておけないという気持ちは、もしかしたら三森さんと同じなのかもしれなかった。


『……じゃあ、明日はよろしくね』

「はい、わかりました」



  〇 〇 〇



 という感じで、実は色々と昨日のうちに3人で打ち合わせをしていたのだ。


 ただ、現場のスタッフとして三森さんが入っているという情報は共有されていなかったので驚いてしまったのは事実だ。

 そういえば……小榎こえのさんが新しく入ってきた新人さんが、とても優秀だという話をしていたような気がするが、あれはもしかしたら三森さんのことだったのかな?


「あら、お嬢様たちはお知り合いなのですか?」


 しかし、僕が小榎さんとの会話を思い出している間も、猫耳メイドになってしまった三森さんは着々と作戦を進行させていた。


「ふ、ふん! そうよ! 知り合いといっても、この私と七色咲月は永遠のライバルですけどね!」


 胸を張り、堂々と宣言する日輪さん。

 このあたりは、全然演技には見えなかったので、素のままの日輪さんなのだろう。


「え、えっと……」


 一方、完全に外行きモードになってしまった叶実さんは、動揺を隠しきれない様子で、日輪さんから一歩下がる。

 そのときに、僕の袖をギュッと握ってきたときはちょっとだけ悪いことをしてしまったという気持ちになってしまった。


「ちょっと、どうしたの? って、なんだ。叶実ちゃんに坊やじゃない!」


 すると、先ほどの日輪さんの声が聞こえたからなのか、奥から一人の大柄な男の人が現れた。


 今日も末広がりの髭が立派に整えられた彼は、このお店のオーナーさんであるゴールさんだ。


 ゴールさんと叶実さんは、叶実さんが常連さんということもあって仲が良く、一緒に遊びに来た僕のこともすぐに覚えてくれたのだ。


「でも、そっちの子は初めてよね? 叶実ちゃんたちのお友達?」

「はい、そのようです、オーナー。たまたま、偶然、奇遇でお店の来店時間が重なったようですが、せっかくなので同席になって頂き、テーブルは私が担当しても宜しいでしょうか?」


 ゴールさんの疑問に対して、三森さんは実にさりげないパス回しをして、同席になるように仕向けた。


「そうね……。これからお昼にかけて忙しくなるから、叶実ちゃんたちがいいなら、こっちは助かるけれど……」


 顎に手を当てながら、う~んと唸るゴールさんだったが、すかさず日輪さんが仕掛ける。


「私は構いませんわよ! 七色なないろ咲月さつき、私と一緒に過ごせるなんて光栄に思いなさい!」


 そう宣言する日輪さんに対して、叶実さんはまた怯えたように僕の背中に隠れてしまう。


「……お嬢様」


 すると、ほんの少しだけ声色を変えた三森さんが、たったその一言を呟く。


「ひっ!?」


 しかし、それが自分に向けられた忠告だと理解したであろう日輪さんは、引きつった声を発した後、こほんっ、と咳払いをして訂正する。


「ど、どうかしら、七色咲月。これも何かの縁です。私も同伴しても、よろしくて?」

「……え、えっと」


 すると、叶実さんは僕のほうを見ながら、「どうしよう……」と目で尋ねてくる。


 だけど、それは日輪さんと一緒にいることが嫌だとか、そういうことじゃなくて、単純に僕の意見が聞きたいだけなのだろう。


「僕は、大丈夫ですよ」


 だから、僕はそう返事をする。


「津久志くんがいいなら……わたしも大丈夫……」


 すると、小さい声ではあったものの、叶実さんも承諾してくれた。


「では、私がご案内します。どうぞ、こちらへ」


 そして、三森さんの指示で僕たちはテーブル席へと案内される……のだが。

 僕は少しだけその場に残って、ゴールさんに念のため聞いておくことがあった。


「あの、ゴールさん。今日ってシャルルちゃん、いませんよね?」

「シャルル? ええ、今日はお休みを取ってるわよ」


 シャルル、というのは、僕の友人である小榎さんがここで働く際の源氏名のようなものだ。

 一応、小榎さんがいないことは、今日はボイストレーニングがあるからという裏を取っているので大丈夫だったのだが、万が一、急遽シフトに入っている可能性だってゼロではないと心配だったけれど、ゴールさんの様子だと、やっぱり小榎さんはお休みのようだ。


 ちなみに、何故小榎さんと鉢合わせたくないかというと、僕の叶実さんの関係が、小榎さんの中では姉弟になっているからだ。

 というのも、小榎さんは僕と同じように七色咲月先生の大ファンなので、普段ここで子供のようにはしゃいでいる常連さんが、憧れの先生だとバラすわけにもいかないと思った僕は、咄嗟に嘘を吐いてしまったのだ。


 いつかは本当のことを言わないといけないとは思ってはいるものの、未だにその機会は設けられてはいない。


「ねえ、この前から気になっていたんだけど……」


 しかし、この質問をキッカケに、ゴールさんは僕にあることを聞いてきた。


「坊や、シャルルと知り合いだったりしない?」

「えっ!? え、えっと……」

「その反応、やっぱりそうなのね」


 合点がいった、といわんばかりにゴールさんは頷く。


「この前、坊やと叶実ちゃんとの接客をしているとき、いつも通りのシャルルじゃなかったからね。それで、坊やもなんだか気まずそうにしていたから、もしかしたらって思ったのよ」

「す、すみません……実は、学校が一緒で、クラスメイトなんです……」


 ここまでくれば、ちゃんと僕たちの関係性も伝えておいたほうがいいと思った僕は、正直に話してしまった。


「別に謝ることじゃないわ。たた、坊やがうちのお店に来てから、シャルル、凄く楽しそうな顔をすることが多くなったのよ」

「えっ? そ、そうなんですか……?」


 確かに、僕自身はここで小榎さんと会ったことがキッカケで、彼女の色々な側面を見ることになった。

 だけど、彼女自身が変わったのかといえば、そうじゃない気がするのだけど……。


「ほら、あの子って、結構人見知りじゃない? だから、仕事って割り切ってても、ちょっと負担になってたと思うのよ。まあ、それを直すためにこのバイトを始めたらしいんだけど、今じゃあ、お客さんたちとも、前より楽しく話しているように思うわ」


 小榎さんは、遠くから見れば、なんでもできるような優等生のような人で、つい最近の僕もそう思っていた。


 だけど、彼女にも悩みがあって、追いかける夢があることを僕は知っている。


「だから、あの子のこと、宜しくね」

「……はい。もちろんです」


 ゴールさんのお願いに対して、僕はすぐに返事をする。


 本当は、僕のほうが沢山お世話になっているけれど、その分、僕が小榎さんに何かを返せればいいと、心の底から思うのだった。


「あっ、但し、手を出すときは、あたしにも報告してね。特別に交際は許してあげるけど、ウチの子を泣かせるような男だったら、坊やでも容赦はしないから」

「は、はい……」


 ただ、最後に言い放ったゴールさんの台詞に、僕は何故か恐怖を覚えてしまうのだった。



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2021/6/24 記載

『甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?』を拝読して頂き、誠にありがとうございます!


こちらの作品なのですが、有難いことに本日で10000PVを突破致しました!

まだまだランキング作品に比べると少ない数字かもしれませんが、自分にとってはこれだけ多くの人に読んで頂けているというのは、大変嬉しいことです!


この場をお借りして、お礼の言葉を掲載させて頂きます。

では、今後とも作品を楽しんで頂けると幸いです!

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