2-17 作戦決行日のぐうたら彼女①


「到着~!」


 翌日、僕と叶実かなみさんは繁華街がある駅前にいた。

 日曜日ということもあって、人もそれなりに多い。


「ささ、行こう! 津久志つくしくん!」


 しかし、叶実さんはそんな人目も気にせず、まるで家にいるときと同じようにくっついてくる。


「あ、あの……叶実さん。もう少し離れて歩いても……」

「えー、いいじゃん。せっかくのお出かけなんだからさー」


 一応、抵抗のようなものはしてみたが、叶実さんは全く聞く耳を持ってくれない。


 それどころが、僕を逃がさんといわんばかりに、しっかりと腕を組んでくる。

 そのせいで、叶実さんの身体と密着してしまっていて、不覚にもドキドキしてしまう。


 ちなみに、今日の叶実さんは、当然、いつものようなパジャマ姿ではなく、お出かけ用のジャージ姿である。

 ハンチング帽のようなものを被って、リュックを背負っている姿は、それはそれでお出かけっぽい服装かもしれないが、ちょっと違う私服が見れるんじゃないかと期待していた僕もいたことは否めない。


 ただ、すっかり慣れてしまった叶実さんとの距離感が、こうして外で出てみると、明らかに普通の人たちと同じではないことに気付く。


 傍からみたら、僕たちは仲の良い姉弟にみえるだろうし、もしかしたら、恋人なんてことも……。


「どうしたの、津久志くん?」


 すると、僕の様子が気になったのか、上目遣いで叶実さんが顔を覗き込んでくる。

 その仕草は、まさに甘え上手な彼女らしい仕草だった。


「い、いえ……なんでもないです」


 僕はわざと顔を逸らして、そう答えることが精一杯だった。


「ふふ~ん。そっかそっか。津久志くんも楽しみだったんだね」


 しかし、僕が照れている理由が、お出かけを楽しみにしていたからだと思っている叶実さんは、したり顔で納得した様子を見せたのだった。


「さあ、津久志くん! 目的地はすぐそこだよ!」


 叶実さんに引っ張られるような形で僕たちが向かったのは、中央通りから少し外れた雑居ビルだった。

 そして、その雑居ビルの中に入り、キラキラな看板を見た瞬間、叶実さんが僕に話しかける。


「ふふふ、まさか、津久志くんから『Colette(コレット)』に行きたいって言われるとは思わなかったからビックリしたよ~」


 にやり、と笑みを浮かべる叶実さんは、なぜか得意げである。


 ただ、その理由は明白で、猫耳メイド喫茶『Colette』は、以前叶実さんに連れて来てもらった場所なのだ。

 なので、叶実さんとしては、自分が紹介したお店を気に入ってもらえてご満悦なのだろう。


「いや、何も言わなくてもわかるよ、津久志くん。人類みんな猫耳メイドさんが好きなのは真理なのだから」


 うんうん、と納得する叶実さんに反論したいところだが、ここで余計なことをいってしまえば、万が一にもこれからの計画がバレてしまうことがある。


「そ、そうですね……。いいですよね、猫耳メイドさん……」


 なので、僕は叶実さんの言葉を肯定する。


「だよね! でも、そっか~。でも、そんなに猫耳メイドさんが好きになっちゃったのなら、今度わたしも衣装買ってみようかな~」


「えっ!?」


 思わず声を上げてしまった僕だけれど、慌てて口を押さえる。


 しかし、叶実さんは特に僕のリアクションを気にせずに店の中へと入っていく。

 本当はすぐに僕も追いかけないといけなかったのだが、頭の中で猫耳のメイド服姿の叶実さんが浮かび上がってくる。



 みゅあ~、と泣きながら、僕にすり寄って来る叶実さん。



 駄目だ……想像したら、めちゃめちゃ可愛い!



 僕は自らの顔が火照ってしまって、思わず手で覆ってしまった。


「津久志くん~?」


 すると、現実から引き戻すように、ジャージ姿の叶実さんが顔を出す。

 そのおかげで、僕も妄想は払拭することができた。


「す、すみません。すぐ行きます」


 こうして、多少のトラブル(?)があったものの、僕も店内へと入っていく。


「いらっしゃいませ、お嬢様、ご主人様」


 そして、猫耳メイド喫茶店『Colette』の店員さんが、今日も丁寧な挨拶をして僕たちを出迎えてくれた。


 ――のだが……。


「あれ、また新しいメイドさんだね?」


 常連である叶実さんは、すぐにそのメイドさんが新人であると気づいたようで、声をかける。

 すると、そのメイドさんは無表情を崩すことなく、叶実さんの質問に答えた。


「はい。実は、先週からこちらでご奉仕させていただいています。お嬢様とお会いするのは、初めてですね」


 そう告げると、僕のほうをちらりと見たのち、彼女は自己紹介をした。


「どうぞ、私のことは『みもりん』とお呼びください」


 恭しくお辞儀をして挨拶をしたメイドさんは、僕が知っている本物のメイドさんと同じ愛称を名乗る。


 というか、どこからどう見ても、ご本人である三森みもりさんだった。


 しかし、僕が驚いている間もなく、カランカラン、と、僕たちよりあとに、別のお客さんが入って来る。



「ふ、ふ~ん! な、なかなか凝ったお店じゃない!」



 そして、明らかにわざとらしい演技でお店に入ってきた人物に、叶実さんも自然と目を向けた。


「……あっ」


 そして、叶実さんは、どうやらすぐに、その人物の存在に気付いたようだった。


「あ、あなたは……!」


 一方、赤いワンピースにカーディガンを羽織ったその人物は、いかにも偶然かのような演技をみせて、叶実さんを見ながらいった。



七色なないろ咲月さつき! ど、どうしてあなたがここにいますの!?」



 もちろん、その人物の正体は――。


 叶実さんの同期の作家である、日輪ひのわ牡丹ぼたんさんだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る