第2部4章 仲直り作戦を遂行せよ!

2-16 作戦決行前日のぐうたら彼女の現状


津久志つくしくーん。『期間限定』って言葉、ズルいと思わない?『今しか手に入りませんよ~』って甘い言葉で誘ってきて、こっちの購買欲を唆してきてるんだよ」


 だら~ん、と僕の背中にくっついてくる叶実かなみさんは、全体重を僕に預けながら、そんなどうでもいい文句を言い放つ。


「だからね、わたしがお菓子を食べるのはわたしのせいじゃなくて、わたしを洗脳しようとするお菓子メーカーなんだよ~」

「だからって……こんなに一気に頼むことないでしょ……」


 甘えた声でそう言ってくる叶実さんだったけど、僕は目の前に積まれた段ボール箱を見つめながら、ため息を吐いた。


 土曜日の夕方。


 姉さんと愛衣あいちゃんとのランチ会から帰ってきた僕を妨げるように置かれていた段ボール箱の正体は、叶実さんが通販で頼んだ大量のお菓子セットだった。


「大丈夫、大丈夫! わたしがちゃんと責任を持って全部食べるから!」


 そう言って、ぴょこ、と横から顔を出す叶実さんの顔は、全く悪びれている様子はなかった。

 多分、これ以上僕がとやかく言っても仕方のないことなのだろう。


「……とにかく、これは片づけておきますから、これ全部食べ終わるまでは別のお菓子を注文しないでくださいよ」

「むぅ……まぁ、それくらいは我慢しますぅー」


 多少不満は残っているようだが、なんとか交渉は成功して、叶実さんが大量注文したお菓子セットは僕が管理させてもらうことになった。


「じゃあ、津久志くん。片づけ終わったら、夕ご飯の時間まで一緒にゲームしようね!」


 そして、叶実さんは我関せずといった様子で、僕から離れてリビングへと戻ってしまった。

 先週と違って、今日は昼寝も我慢して僕が帰ってくるのを待ってくれていたのかもしれない。


 だけど、リビングに戻ってきた僕はちょっとした抵抗として、叶実さんに確認する。


「叶実さん。僕が姉さんたちのところに行っている間、プロットまとめてたんですよね? 進捗はどんな感じですか?」


 その瞬間、ウキウキでゲーム機の準備をしていた叶実さんの身体が膠着する。


「も、もちろん! いいカンジだよ! いやぁ、もう傑作ができたといっても過言じゃないね!」

「へぇー、そうなんですか。ちなみに、次の新作は、どんなジャンルなんですか?」

「ジャ、ジャンル!?」


 すると、叶実さんはオロオロとした様子を見せながら、僕に言った。


「あ、愛が世界を救うお話……かな?」

「なんで疑問形なんですか。まあ、わかりました。姉さんにはそういう風に連絡しておきます」

「えっ!? き、霧子ちゃんに連絡するの!?」

「ええ、姉さんも気にしてますし、何かマズいことでも?」

「い、いやあ、別に~。なんでもありませんけど~?」


 明らかに何かを誤魔化している内容だった。

 なので、僕はもう一度ため息を吐いて、叶実さんに質問する。


「……叶実さん。正直に答えてください。まだ、全然プロットは書けてないんですね?」

「うっ!?」


 叶実さんは、スナイパーに撃ち抜かれたような声を発して、胸を押さえる。

 その反応で、大方のことは理解できた。


「……なるほど。やっぱり、全然進んでないんですね」

「だ、だって仕方ないじゃん! ほら、その……最近アプリゲームのリリースも多かったし……」


 それは言い訳の理由にしてほしくなかったけど、まあ、彼女が最近スマホを見る時間が長くなっていたことはなんとなく察していたので、それを注意しなかった僕にも責任がある。


「ご、ごめんなさい……。でも! ちゃんと新作は書くよ! まだ全然まとまってないけど、応援してくれる人がたくさんいるのは、わたしも分かってるし……」

「叶実さん……」


 色々とサボりがちな叶実さんだけど、その裏では、ちゃんと自分のファンを大事にしているという側面を持っている。


 だからこそ、『ヴァンラキ』の最終巻だって、今まで作品を応援してくれたファンの為に、みんなが納得できる最終巻にするよう、粉骨砕身で書き上げた。

 なので、僕だって叶実さんがただ毎日ゲームやお昼寝をしたくて、筆を取らないわけではないことを知っている。


 読者の人たちに納得してもらえる作品じゃないと、彼女は自分の作品を認めたりしない。


 その姿勢は、僕が作家として憧れている七色なないろ咲月さつき先生の信念だ。


「でも! やっと自由になれたのに、休みが少なすぎるよー! もっと津久志くんとゲームしたいし、遊びたいー!!」


 ……いや、僕の考えすぎだったかもしれない。

 やっぱり、叶実さんは本質的には甘えたがりで、ぐうたらしたい性格なのかも……。


「というわけで、今後いいアイデアが浮かぶ為にも、津久志くんはわたしと遊ばないといけないの!」


 そう宣言する叶実さんの目は、謎にしっかりと意志の持つ力強さがあった。

 まあ、アイデアがなかなか浮かばないということは、素人の僕ですらあることなので、プロで活躍している作家さんなら尚更、その苦労を味わっているのだろう。


「あの、叶実さん。そういうことなら、僕から1つ、提案があるのですが」

「ん? 提案?」


 きょとん、と首を傾げる叶実さんは、なんとも可愛らしい表情を浮かべる。


 確かに、僕と一緒に遊ぶことは、いい気分転換になるかもしれない。

 だが、作家の悩みを1番共有できて、力になってくれるのは、同じ作家仲間なのではないだろうか。


「明日、僕と一緒に出掛けませんか?」


 なので、僕は叶実さんと、1人の作家さんを引き合わせるお手伝いをすることにした。


 果たして、叶実さんに会わせたい作家とは。


 なんて、散々引っ張るようなことを言ってしまったけれど、多分、それが誰なのかは、もうお分かりかと思います。


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