幕間『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』第3章 抜粋
「あの……お風呂……ありがとうございました……」
風呂場から上がってきた雪見さんは、学校のジャージに着替えていた。
だが、少し濡れた髪と、わずかに香るシャンプーの香りのせいで、俺は自分の部屋だというのに、なかなか落ち着かない。
「その……
「あ、ああ……。それじゃあ、俺も行ってくる。
そう言い残して、俺も1階にある風呂場に向かう。
一応、身体はちゃんと拭いていたけれど、突然の大雨に見舞われてしまったせいで身体が冷えてしまったことは確かだ。
なので、着替えも済ませてしまっていたけれど、もう一度脱いで、シャワーを浴びる。
その間に、これからのことを色々と考える。
今日は、親友の
しかし、健司は別の友人とも約束をしていたらしく、ダブルブッキングになってしまい、俺と雪見さんだけで勉強会を開くことになった。
そして、俺は知っている。
絶対、健司はわざと俺と雪見さんを2人きりにさせたのだ。
「……あいつらしいといえば、あいつらしいがな」
ひとり風呂場でぼやく俺だったが、その声は健司には届かないだろう。
今頃、その友達たちの楽しくワイワイやっているかもしれない。
しかし、俺はひとつだけ、気になることがあった。
どうして、雪見さんは健司の約束を承諾したのだろうか?
そして何より、俺の家で勉強会をやると聞いて、抵抗はなかったのだろうか?
「……いや、俺の考えすぎだな」
俺は自分がよくない方向に妄想してしまっていることを反省する。
別に、今時、男子の家に上がり込むことに雪見さんは抵抗なんてないのかもしれない。
だいたい、元々は健司だって一緒にいるはずだったんだ。
「……いや、もしかしたら」
しかし、ここで俺はあることに思い当たる。
健司がいなくなったからといって、場所の変更を申し出たら、自分がそういうことを意識しているんじゃないかと思われるのが嫌だったのかもしれない。
「……だとしたら、俺は気遣いが全くなっていなかったのかもしれない!」
そう思うと、いてもたってもいられず、俺は風呂場からあがり、着替え終わると急いで自分の部屋へと戻った。
「雪見さん!!」
「はっ、はい!?」
いきなり扉を開けてしまったせいもあるのか、雪見さんは飛び跳ねてしまうんじゃないかと思うくらい身体をビクッとさせてしまう。
しかし、俺は構わず、その勢いのまま土下座をする。
「すまなかった!! 俺はまた、きみの立場のことを考えていなかった!!」
「は……はい?」
首を傾げる雪見さんは、訳が分からないというような目線を俺に投げかけてくる。
しまった。
また俺は先走りすぎてしまったようだ。
「あ、あの……一体なんのことですか?」
しかし、聡明な雪見さんは、すぐに柔軟な対応で俺から話を聞こうとする。
さすがは雪見さんだ、と思いつつ、俺は風呂場で想像してしまったことを、そのまま話してしまうのだった。
「そ……そう、ですね……。た、確かに……そういう考えも、あり……ます……ね……」
すると、俺の話を聞き終えた雪見さんは、徐々に顔を赤くして居心地が悪そうになっていた。
「やっぱり、俺の家で勉強会をするのは嫌だったか?」
雪見さんは、とても良い人で、責任感のある人だ。
だから、俺にも言い出せなかったのだと思っていたけれど、
「そ、そんなことはありません! 誘って頂けたことは、素直に嬉しかったです」
「そ、そうか……」
ならば良かった、と安堵したものの、それは健司が一緒にいるからという前提だったかもしれないと、改めて不安になったのだが、
「わ、私は! 阿倍野くんなら、そういうことはしないと、信じてました」
「そういうことって、つまり……」
「え、えっちなことですよ!」
言わせないでくださいっ! と、ますます彼女の顔が赤くなる。
「わ、私だって、意識しなかったといえば、嘘になります……」
「雪見さん……」
「たっ、ただ!」
すると、雪見さんは座っていたベッドの上から、じっと俺を見つめながら告げる。
「本当のことを……言ってもいいですか?」
「本当の、こと?」
「その……
「へっ……?」
そして、彼女は俺に向かって、告げる。
「阿倍野くんは、私と……え、えっちなことをしたいと……考えたことはありますか……?」
弱々しい口調だったけれど、彼女の意志のある目は、しっかりと俺を見つめていた。
潤んだ瞳は、とても煽情的で、吸い込まれてしまいそうになる。
「阿倍野くん……」
そして、彼女はベッドから立ち上がると、正座していた俺のすぐ隣に座って、顔を覗き込んできた。
「阿倍野くん。あなたは、本当に不思議な人です。こんな私にも優しくしてくれて……」
雪見さんは、ふわりと柔らかい笑顔を浮かべる。
いつもは無表情で、学校でもその態度を崩さない雪見さんが、俺だけに見せてくれる表情。
「阿倍野くん……」
彼女は俺の頬に触れて、ゆっくりと唇を近づけてきた。
戸惑う俺は、まるで氷で固まってしまったかのように、その場から動けない。
そして、雪見さんの優しく漏れる息が、俺の唇にかかった瞬間――。
「
巫女服姿の、よく知っている女性が姿を現した。
というか、俺の母さんだった。
何故、巫女服姿なのかというと、彼女も陰陽師の仕事をしているらしく、俺に正体を明かしてからは、家でも堂々と巫女服を着ていることが多くなった。
だから、今日もどこかで仕事をして帰ってきたのだろう。
だが、悲しいかな。
天然な母さんは、息子の部屋に入るときにノックをするのを忘れてしまうという癖があった。
「…………」
「…………」
そして、その女性が見た光景は、おそらく俺と雪見さんが至近距離で顔を合わせていた場面で――。
「あら~~~~!!」
にこ~っと、天真爛漫な笑みを浮かべた彼女は、全て合点がいったという風に手を合わせながら言った。
「まあまあまあまあ! 健司くんから聞いてたけど、あなたたち、ちゃんと進展していたのね! お母さん、心配だったけど安心したわ! やるじゃない、明星!」
そして、それだけでは飽き足らず、今度は呆然としてしまっている雪見さんにも声をかける。
「
「あ、あの……!」
「いいのいいの! 気にしないで! って、そうよね! おばちゃんがいると邪魔よね!」
母さんは、雪見さんの話をちゃんと聞くことなく、話し続ける。
「それじゃあ、ゆっくりしていってね澪華ちゃん~! 明星、頑張りなさいよ!」
そして、ぐっ! と謎に親指を立てて去っていく母さんだった。
「……あ、あの、雪見さん……すまなかった」
色々と言いたいことがあったけれど、この状況で俺が言えることは、謝罪の言葉だけだった。
「い、いえ……こちらこそ……」
そして、彼女も顔を真っ赤にしながら、するする、と俺から距離を取ってしまう。
「あ、あの……阿倍野くん」
そして、彼女は努めて冷静であろうとしたのか、コホンと咳払いをしたのち、僕に告げる。
「勉強会……始めましょうか……」
「そう……だな」
こうして、僕たちは何もなかったかのように勉強会の準備を始める。
しかし、少し残念な気持ちになってしまった俺は、このあとの勉強に全く集中できず、それは雪見さんの同じだったのか、俺と目が合ってしまうごとに、お互い気まずい空気になってしまうのだった。
オリポス文庫 著:日輪牡丹
『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』 第2巻
第3章 「6月の純情」より抜粋
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