2-15 夢羽叶実は日曜日の夜を楽しみたい


「むにゃ、むにゃ~。えへへ~、くすぐったいよ~、つくしくぅん~」


 帰宅後、リビングに入るとソファの上でぐっすり眠っている叶実かなみさんの姿を見つける。

 一応、日輪さんの豪邸に招待されたときに、叶実さんには帰りが遅くなると連絡していたのだけれど、返信や既読もなかったのでこの状況は大方予想ができていた。


 しかし、叶実さんは一体、夢の中の僕と何をしているのだろうか……。


「叶実さん、起きてください」

「ふっ……ふみゃあ……」


 幸せそうな寝顔を見てると起こすのも忍びなかったけれど、このままだと叶実さんが夜眠れなくなってしまうかもしれないと思い、心を鬼にして僕は叶実さんの身体を揺らした。


「……あれ、津久志つくしくん? おはよう……」

「叶実さん、『おはよう』じゃなくて、もう夜ですよ」

「夜……? ふええええっ!?」


 少しずつ状況を理解した叶実さんは、素っ頓狂な声を上げると共に、急いで自分のスマホの画面を確認する。


「ほ、本当だ!? えっ、なんで!?」

「なんでって言われましても……」

「そんなっ!? 津久志くん、どうして起こしてくれなかったの!?」


 うーん、それには色々と事情があったのだけど、話すと長くなってしまうし、実は日輪さんからは、まだ彼女の存在を叶実さんには伝えないで欲しいと言われている。


「すみません……買い物の途中で友達と会っちゃって遅くなりました……」


 なので、嘘の言い訳をそのまま伝えたのだが、叶実さんはそんなことには興味がないのか、涙目のまま僕を見つめて言った。


「せっかく津久志くんの学校がないから遊べる時間だったのに!? もう全然時間ないじゃん!」


 どうやら、叶実さんが怒っている原因は、僕が寄り道をしていたからじゃなくて、僕と遊ぶ時間が減ってしまったかららしい。

 それはそれで、恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになってしまう僕だった。


「わかりました。あとで、ちゃんと一緒にゲームする時間作りますから」

「本当!? やった!!」

「でも、その代わりご飯が先ですからね。それまではゲームは我慢してくださいよ」

「はーい」


 そういうと、叶実さんは約束通りゲームはせず、録画していたアニメを見始めたので、僕も夕食の準備を始める。


 ちなみに、今日買ってきた食材は、三森みもりさんがちゃんと管理してくれていたようで、帰るときに手渡してくれた。

「今日は油淋鶏ユーリンチーですか。いいですね」と何気に献立を当てられてしまったときは流石だな、と思ったのは余談だ。


 ただ、三森さんのことを思い出したこともあって、夕食の準備をしながら、僕は叶実さんにあることを尋ねた。


「叶実さん」

「ん? なに?」

「叶実さんは、作家になるってお父さんに報告したとき、なんて言われましたか?」

「それって、お父さんがわたしに何て言ったか、ってことだよね?」


 はい、と答える僕に対して、叶実さんはあっさりと答える。


「すっごく喜んでくれたよ。これから頑張るんだぞって、頭も撫でてもらったっけ……」


 叶実さんは、当時のことを思い出すように、自分の頭を触る。


 叶実さんにとって、それが嬉しかった大切な思い出なのだということは、彼女の表情を見れば一目瞭然だった。


「でも、どうしたの? そんなこと急に聞くなんて?」

「いえ、ただ……ちょっと気になっただけです」

「??」



 不思議そうにする叶実さんだったが、僕としては、そういう親子もいることに安心を覚える。


 きっと、叶実さんのお父さんは、誰よりも叶実さんのことを応援してくれていたのだろう。


 そして、今でも天国で叶実さんのことを応援しているような、そんな気が僕にもしたのだった。



「…………あっ!」


 しかし、叶実さんは何かに思い当たったのか、大きな声を出して慌てた様子をみせる。


「ま、まさか津久志くん……!」


 そして、わなわなと口を震わせながら、僕に言った。


「わたしにお父さんのことを思い出させて、これから仕事させようとするつもりなんじゃ……!」

「えっ!? いや、そんなつもりは……」

「そ、その手には乗らないよ! それに、今日は津久志くんから、わたしとゲームしたいって言ったんだからね! だから、わたしも仕方なく予定を空けたんだからね!」


 どうやら、僕が口八丁手八丁で叶実さんに仕事をさせようとしていると勘違いさせてしまったらしい。

 いや、本当にそろそろ新作のプロットを提出しないと姉さんが痺れを切らしそうではあるのだけれど、今の発言だけはそういう意図は本当になかったのだ。


「いい、津久志くん! わたしと遊ぶって約束は、ぜっっったいに守ってもらうんだからね!」


 ビシッ! と僕を指さす綺麗なポーズをソファの上でとった叶実さんは、ほっぺたを膨らませて、少し怒ったような視線をぶつけてくる。


 今日も、色々と大変な目にあったような気がするけれど。

 僕にとって1番大変なのは、やっぱり叶実さんのお世話をすることみたいだ。



 そして、そのお世話するという項目の中に。


 僕が今後行おうとしているお節介があることを、このときの叶実さんは、まだ何も知らないのだった。

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