2-12 日輪牡丹は専属メイドに頭が上がらない
「――わかりましたね、お嬢様。もう一度このようなことをしたら、お嬢様の苦手なトマト料理を1週間食卓に並べますので、覚悟しておくように」
「……うっぐ。ご、ごめんなさいっ。もう、しませんから許してくださいっ……! トマトだけは……トマトだけは本当に駄目なの……!」
「やれやれ。本当に困ったお嬢様ですね。まあ、いいでしょう。反省はしているようですし、お客様がお許しして頂けるようでしたら、私もこれ以上のお説教はしないことにしますが、いかがでしょうか?」
「え、えっと……」
「成程、まだお嬢様に罰が足りないということですね。では、今からトマトをお持ちしますので、それをお嬢様の口にぶち込んでください。泣こうが喚こうが遠慮せずにやっちゃって構いませんので」
「ひっ!?」
「しません! しません! そんなこと、絶対しませんから!!」
必死に手を振って否定する僕に、目の前のメイド服姿の女性は、無表情のままため息を吐いた。
「そうですか。そのまま動画で撮影してバズってやろうと思ってたんですが、残念です」
さらっととんでもないことを言ったポニーテールのメイドさんは、そのままスカートをちょこんと握りながら、僕に頭を下げる。
「申し遅れました。私、お嬢様の専属メイドを務めております
律儀な挨拶と佇まいは、まさに完璧なメイドさんの姿だった。
「良かったですね、お嬢様。瀬和様が大変寛大な方のおかげで、この三森もお嬢様の蛮行を主にお伝えせずに済みそうです」
そして、今なお正座をしたままの
「お前たち、いくらお嬢様の指示とはいえ、次こんなことしやがったら、マジで一生働けねえ身体にしてやるから覚悟しとけよ」
「イ、イエス、マイロード!!」
男たちが三森さんに向かって、深々と頭を下げる姿というのは、なんというか……めちゃめちゃ怖かった。
しかし、三森さんは笑顔を崩さないまま、足音を立てずに、そのまま僕のほうへと近づいてくる。
「では、
「い、いえ……お、お気になさらず……」
なんだろう、年もそれほど離れているようには見えないし、笑顔だって可愛らしいはずなのに、その奥から覗く瞳を見ると、僕の本能が悲鳴をあげそうになる。
「ありがとうございます。では、お嬢様。瀬和様とご一緒にお部屋へどうぞ」
「わ、わかってるわよ! ほら、行きますわよ!」
そして、正座から立ち上がった日輪さんは、その場から逃げるように僕の手を引っ張って2階へと連れて行った。
「あ、あの……日輪さん……」
「な、何ですの……? 言っておきますが、さっきのこと、七色咲月に言ったら只じゃおかないわよ」
「い、言いませんよ……」
「じゃあ、何?」
「その……日輪さんって、お金持ちだったんですね……」
本当はもっと質問したいことがあったのだが、僕も頭が混乱しているのか、割と重要ではないことを聞いてしまう。
「……別に普通ですわ。知り合いの子たちなんて、海外に住んでいる子だって珍しくないもの」
少し不満そうに答える日輪さんは、そのまま話を続ける。
「三森だって、私が生まれる前からお父様たちのメイドをしていたみたいですしね」
そのせいで、私をいつまでも子供扱いするのよ、と、彼女は不服そうに呟いた。
だが、僕が気になったところは、日輪さんの態度ではなく、さらっと流した事実だった。
「えっ……。日輪さんが生まれる前って……」
「20年前かしら? それがどうかしたの?」
どうかしたの、と言われても、先ほど見た三森さんは、どうみても20代くらいで、失礼かもしれないけれど、僕と同級生だと言っても、全然遜色ないんじゃないだろうか……。
「ま、少し若くみえるのは確かですわ。中身は鬼婆ですけどね」
三森さんが不在なことをいいことに、勝手なことを言う日輪さんだった。
「さあ、着きましたわよ。私の部屋に案内されるなんて、感謝しなさいよ」
そして、そんな雑談をしつつ案内された日輪さんの部屋に、僕はまたしても驚きの声をあげる。
「す、凄い……」
豪華絢爛な模様が施された赤いカーペット。
天蓋のついたベッドに、壁に飾られた絵画の数々。
そして、天井にはシャンデリアが吊るされており、真ん中に置かれたソファも家族用かと思う程大きい。
叶実さんが寝ころんだら、さぞかし喜びそうだな……なんて場違いなことを思って、なんとか自分の精神力を安定させる僕だった。
「……あっ」
だが、たった一箇所だけ、とても馴染み深いものが置かれていた。
それは、壁一面に並べられた本棚で、そこには数々の本が並んでいると同時に、幾多のライトノベル作品が置かれている場所があった。
それを見た瞬間、僕はふと、ついこの前、小榎さんと一緒に行ったサブカルチャー専門店のことを思い出す。
確か、あのときもこうして、棚に並べられていた本を眺めていたのだ。
「…………ん?」
だが、そのときのことを思い出していると、僕も忘れかけていた記憶が徐々に蘇ってくる。
「どうされたのですか? 本棚など、別に珍しくもなんともありませんわ」
僕が異変に気が付いたのか、日輪さんが僕に話しかける。
そして、僕はそんな日輪さんに向かって、ある質問をぶつけた。
「日輪さん……もしかして、この前、専門店で会ったの、日輪さんだったんですか?」
「!?」
何気なく質問したのだが、
「ちちちちち、違うわよっ! どうして、この私がわざわざ専門店まで出向いて、七色咲月の本なんて買いにいかなくてはいけないんですか!?」
これでもかというくらい、否定する日輪さん。
だけど、悲しいかな、否定すればするほど、墓穴を掘ってしまっているように思う。
やっぱり、あのときぶつかってしまった人物の正体は、日輪さんだったのだ。
「そ、そうですよね。ごめんなさい、変なことを言って」
「わ、わかればいいんです……」
ただ本人が隠したいのであれば、僕はこれ以上、余計なことを言わないでおくことにした。
たとえ、先ほど見た本棚に『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』だけが、全巻わざわざ表紙を向けるような形で飾られていることも、突っ込んではいけないのだろう。
「いえ、瀬和様、そこは突っ込んでください。でなければ、おそらくお嬢様は自分から話すこともできないチキン野郎なので」
「うわっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、思わず声を上げてしまう僕。
そして、そこには涼しい顔をした三森さんがいた。
「三森! 部屋に入るときはノックをしなさいと言っているでしょう!?」
「申し訳ございません、お嬢様。何分、私も年ですので。鬼婆ですので」
「えっ……? ちょっと三森……あんた、なんで……」
ガタガタと歯を鳴らして震える日輪さんだったが、まるで気付いていないとでも言わんばかりに、ホテルのコンシェルジュが持ってくるようなカートに乗せたティーカップやケーキスタンドをテーブルに並べていく。
「瀬和様。今回、お嬢様があなたを誘拐じみた行為に及んでしまったのは、ある目的があったからなのです。ですが、お嬢様のことですから、絶対に自分から話さないと思いますので、不承不承ながら、代わりにこの私が、お嬢様の依頼を報告致します」
そして、三森さんはじっと僕の目を見つめながら、告げた。
「瀬和様。どうか、お嬢様が
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