2-13 日輪牡丹は仲直りがしたい
「謝罪……?」
それは、丁度僕が日輪さんと出会った出版社のパーティー会場で起こった出来事である。
同期である日輪さんが、
だが、それが原因で叶実さんは怒ってしまい、僕たちは途中でパーティーを抜け出してしまうという事件が起こってしまった。
「つまり、お嬢様は自分の失態を取り返そうと必死なのです」
「し、失態などではありませんわ! あ、あれはですね……」
三森さんの質問に対して、必死に弁明をしようとする日輪さんだったが、段々と声が小さくなってしまい、最終的には何も言わず俯いたまま膝の上で拳を強く握っていた。
「このように、お嬢様もそれなりに反省しています。ですが、お嬢様特有のプライドのせいでずっとこんな感じなので、私も困っているのです」
要するに、日輪さんはずっとあのときのことを謝りたかったのに、その機会を得られなかったということか。
「それで、僕に近づいてきたんですね」
「はい、まずは外堀から埋めるという浅はかな考えが、実にお嬢様らしいでしょう?」
「三森、あなた、今、自分の主人の娘に浅はかって言いました?」
「それで、
「ちょっと。なんで無視するの? ねえ、なんで無視するの?」
目の前で主が質問を続けてるというのに、三森さんは何故か僕にだけ話しかけてくる。
「何も、無報酬というわけではありません。こちらに、瀬和様のご満足いただける額をお書き頂ければ、お嬢様が稼いだ印税から引き抜いて瀬和様の口座に振り込ませて頂きます」
「ちょ、待ちなさいよ!? なんで勝手に私の印税が報酬になってんのよ!?」
「残念ながら、私の給料では瀬和様にご満足していただける報酬は支払えませんので。なんたって、このお仕事も時給780円ですからね」
「えっ!? 三森! あなた、そんな値段で働いてるの!? 嘘でしょ!?」
「はい、嘘です。ちょっと考えればわかるでしょう? 全く、お嬢様は馬鹿ですね」
「馬鹿!? あなた、今、私を馬鹿って言いました!?」
「言いましたよ、バーカ、バーカ」
「連呼しなくていいわよ! この馬鹿メイド!!」
なんだかよくわからない言い合いが始まってしまったが、それも少し落ち着いたところで、改めて三森さんが僕に告げる。
「さて、お嬢様で遊ぶのはこれくらいにして、本題に入るまえに、まずはお聞きしておかなければならないのですが……」
そして、三森さんは無表情のまま、抑揚のない声で僕に質問をぶつける。
「瀬和様、
「えっと……それは……」
「ど、どうですの? 私のこと、七色咲月はなんと仰ってますの……?」
日輪さんも、ぐいっ、とソファから身体を浮かせる。
「すみません……特に、日輪さんが話題に上がったことがなくて……」
多分、僕と叶実さんの話す内容が殆ど日常のことで、仕事関連の話だと姉さんのことくらいしか話題にしないし、そもそも作家さんの話などはあまりしないのだ。
「そ、そうですの……」
そのことを日輪さんに伝えると、安心半分、がっかり半分といった様子の顔を浮かべていた。
「なるほど。つまり、お嬢様なんかには興味がないということですね」
合点がいった、と言わんばかりの顔をする三森さんと、それを聞いて、がっかり具合がさらに上がったことが明らかなくらい、落ち込んだ顔を浮かべる日輪さん。
三森さん。絶対、わざと言葉を選んでいる。
もちろん、悪い方向の意味で。
だが、なんだかんだで主人をフォローするのも、毒舌メイドさんだった。
「お嬢様、これはチャンスですよ」
「チャ、チャンス?」
「ええ、関心がないということは、お嬢様の無礼な失態も気にも留めていないということです。なので、きちんとお嬢様が頭を垂れて自分の愚かさを涙ながらに吐露すれば、七色様もお許しになってくれるのではないでしょうか?」
「そ、そこまでしなくてはいけませんの、私……」
しなくていいです。
そんな光景、僕は絶対に見たくないし、叶実さんだってそんなことは望んではいないはずだ。
でも、三森さんの見解で、僕も同じ考えのところが1つあった。
「えっと、日輪さん。叶実さ……七色先生が気にしていないってことは、僕もそう思います」
あのとき、パーティーのときに叶実さんが怒ってしまったのは、決して日輪さんに対してじゃなくて、原稿が書けないことに対する自分への怒りだった。
だから、たとえきっかけが日輪さんの発言だったとしても、叶実さんが日輪さんを嫌悪しているということはないと思う。
「そ、それは本当ですの!? わ、私のこと、七色咲月は怒っていませんか!?」
「は、はい……。それは大丈夫だと思います」
「そ、そうですか……」
日輪さんは、胸に手を押さえながら、どこかほっとしたような顔を浮かべる。
もしかしたら、日輪さんはずっと叶実さんのことを心配していたのかもしれない。
パーティーでの発言だって、日輪さんなりの気遣いというか、心配で声をかけてきてくれたのかもしれない。
それが、僕がこうして日輪さんと話してみて感じた、彼女に対する印象だった。
「まぁ、それでお嬢様の失態がなくなったわけではありませんし、謝罪はきちんとしておいたほうが宜しいかと思います」
「うっ! そ、それは……確かにそうですわね……」
厳しい言葉を投げかける三森さんだったけど、今度は日輪さんも納得した様子だった。
「なので、やはり瀬和様にはご協力していただきましょう。さて、報酬金は決まりましたか? ちなみに、お嬢様の今月の印税は〇〇〇万円です」
「み、三森!? どうしてあなたが私の印税額を知っていますの!?」
「何を仰っているのですか、お嬢様。私、メイドですよ?」
「全然答えになっていませんわ!」
そんなやりとりを交わされている間、僕は心の中で「そ、そんな貰ってるんだ……」と、ちょっと下世話な想像をしてしまっていたのだった。
出版不況って言われてるけど、作家ってまだまだ夢のある仕事なのかもしれない。
だけど、僕としてはお金を貰うつもりもないし、最初は驚いてしまったけれど、事情を聞いた後なら、ぜひとも協力したいと思っていた。
「お若いのにご立派です。ですが、私たちとしても、瀬和様にお礼はしたいと思っております。何か、私たちにできることはありませんでしょうか? 特に、お嬢様は何でもすると仰っております」
「お、仰ってませんけど!?」
「あの、日輪さん……」
「は、はい! い、言っておきますが、何でもはしませんからね!」
「そ、そこまで困るようなことじゃない、とは思うんですけど……。あの、僕から1つだけ、お願いがあって……」
動揺する日輪さんに向かって、僕はあるお願いをすることにした。
これは、僕の余計なお節介かもしれないけど。
たまには僕も、余計なお節介をすることにしたのだった。
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