2-11 日輪牡丹は姉さんの噂話を語る
「ちょっと。どうしてそんな畏まっているのですか?」
隣に座る彼女、
「い、いえ……なんというか、その……」
「はっきりしませんわね。まあ、いいですわ。あなたのような一般人が、この私と一緒にいるというだけで緊張してしまう気持ちは理解できるものですからね」
ふふっ、と笑みを浮かべる日輪さんは、どこか満足げな態度を取っている。
僕は状況を把握するために、もう一度周りを確認したが、窓はスモーク加工をされていて外は見えないし、広すぎる座席は姉さんの運転する普通自動車しか乗ったことがない僕にとって、とても居心地のよい場所だとはいえなかった。
一応、どうしてこんなことになっているのかを説明しておくと……。
日輪さんと遭遇したのち、僕はスーツ姿の男性に包囲されてしまった僕は、そのままスーパーの駐車場にあった、明らかに場違いな海外メーカーの車に乗るよう案内されてしまったのだ。
色々と展開がハイスピードすぎてついていけないのだけど、ひとまず、ちゃんと確認をしておかなければならないことがいくつかあった。
「あ、あの……日輪さん? 僕は一体、どこに連れていかれるのでしょうか?」
「そんなの、着いたらすぐにわかりますわ」
「そ……そうですか……」
どうやら、日輪さん側から説明するつもりはないらしい。
しかし、僕が会話を切り出したことが功を奏したのか、日輪さん側からも質問が投げかけられてきた。
「ところで、
「えっ!? えっと……」
だが、いきなり聞かれたらマズい質問をされてしまう。
僕と七色咲月先生……いわゆる叶実さんの家で居候させてもらっていることを知っているのは、姉さんだけだ。
それを、日輪さんにも話していいものかと悩んでいると、彼女からとんでもないことを宣告されてしまった。
「隠しても無駄ですわよ。あなたたちのことは、家の者に頼んで調べて貰いましたからね」
「……へっ?」
「ちなみに、もうおわかりでしょうけど、今日のお昼にあなたがあのスーパーに行くことは事前にこちらで調査済みです。つまり、私があなたを見つけたのは偶然ではないということですよ」
「…………」
「な、なんですか、その顔は……」
「あっ! す、すみません……つい……」
「つい?」
「……いえ、なんでもないです」
正直、「こわっ!?」と思ってしまったことは黙っておこう。
ただ、なんだろう……。悪いことをしているわけじゃないのに、追い詰められた犯人の心境に近いものがこみ上げてくる。
「安心しなさい。どうせ、原稿があがらない七色咲月の為に、瀬和霧子があなたを無理やり家に送り込んだのでしょう」
「えっ? 日輪さん、姉さんのこと、知ってるんですか?」
「当然でしょう?」
そう言われて、確かにその通りだと思い直す。
日輪さんも、叶実さんと同じアテナ文庫で刊行をしているラノベ作家さんだ。
姉さんのことだって、以前のパーティーのような場所で面識があったって、全然不思議ではない。
しかし、姉さんを認知していた理由は、僕が想像していたものとは少し違っていた。
「アテナ文庫で、あの『鬼人の編集者』を知らない作家なんていませんわ。担当になったら最後、作品の為ならどんなことですることで有名な編集者よ」
……どうしよう。
……自分の姉が、とんでもない異名で呼ばれている。
「ね、姉さん……。作家の人たちに、そんな風に思われてたんだ……」
「あなたのこと、最初に会ったときは誰だか分かりませんでしたが、改めて考えると苗字も同じなんだし、すぐに血縁者だと気づかなったのは私の失態でしたわ」
「あっ……そういえば、僕、パーティーのときは名札をしてましたもんね」
「ええ、あの姉の弟なのに、全然オーラというか雰囲気、でしょうか? それがあまりにも普通すぎて全然気づきませんでしたわ」
「ご、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまう僕だった。
「まぁ、あの姉に似ないことは幸運だったかもしれませんね。彼女は敵も多いですから」
「……そうなんですか?」
「ええ。特に、作品に対しては妥協を許さないことで有名ですわ。一度、他社から来た作家のプロットを読んで『クソつまんねえ』って、わざわざ編集部に呼び出して説教したことは、もはや伝説ですわね」
ね、姉さん……。
やっぱり、僕の想像を遥かに超えてしまう伝説だった。
「おまけに、その作家はご丁寧に自分のSNSで編集部の名前まで出して発言していましたからね。おかげで、私たちまで、しばらくSNSの更新は控えるように言われて、とんだ迷惑でしたわ」
「そ、そうなんですか……」
弟として、今すぐにでも謝罪の言葉を発したい僕だったけれど、そんな姉さんに対して、日輪さんは意外なことを述べた。
「まぁ、彼女が認めなかったということは、所詮その程度の作品だったということです」
そう言って、日輪さんは姉さんを擁護するような言葉を綴る。
「第一、その作家の作品は私も存じておりますが、テンプレと流行を混ぜ合わせたような作品ばかりで、正直、私も得意ではありませんでしたもの。それに、話を聞くと、そのプロットだって、お得意先の連載会議で落ちたものを持ってきたという話でしたし」
日輪さんの言葉には、どこか苛立ちのようなものが籠っていたように思う。
「だから、あなたの姉は優秀な編集ですわ。この私が認めるくらいですもの」
そして、日輪さんが言ってくれたことが、僕は自分の事のように嬉しくなってしまったのだった。
「……さて、雑談はこれくらいにしましょうか」
しかし、姉さんの話はここで打ち切られ、日輪さんの発言と同時に、車が止まる。
そして、扉が開くと、先ほどのスーツ姿の男性が数人立っており、日傘を差したまま、僕たちを待ってくれていた。
「降りなさい、瀬和津久志くん」
言われた通り、僕が車から降りると、
「な、ななっ……!」
――目の前に、豪邸がそびえ立っていた。
「ようこそ、瀬和津久志くん」
そして、あとから降りてきた日輪さんは、肩に羽織ったコートを靡かせながら、僕に告げる。
「私のお屋敷に、あなたを招待させて頂きますわ」
そう言った日輪さんの顔は、何か面白いことを思いついた叶実さんにそっくりだった。
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