第2部1章 春うららかな季節より

幕間『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』序章 抜粋



「私、あなたとは結婚できません」



 目の前の女性は、開口一番、俺にそう言い放ってきた。

 

 滑るような美しい黒髪。

 透き通る空気の中で降り積もった、雪のような白い肌。


 そして、人を凍り付かせるような眼差しを、俺に向けてくる。


 俺と彼女は、今日この日、初めて顔を合わした。

 まだ高校生になったばかりの俺たちが行っているのは、お見合いだった。

 そして、今は二人きりで、まだ寒さが残る4月の風を浴びながら、庭園の中を散歩している。


 お見合い。

 昨日、念のため受験勉強で使っていた国語辞典で、意味を調べてみた。



 ①見合うこと。釣合。

 ②結婚の意志を持つ男女が、相手を知るために他人を仲立ちとして会うこと。

 ③組織等が新しくできたり、改まったりすることに伴って、建物の増・改築などをすること。



 と、以下のように記されてあった。


 そして、俺が今日、両親に連れられ立派な日本家屋に案内された結果、こうして女性と会っていることを考えると……ふむ、どうやら②の意味で間違いないようだ。

 だが、俺はまだ日本の法律では結婚ができる年齢ではない。


 しかし、彼女はどうだろうか?

 見た目は、着物を着ていて、少し大人びた印象を受けるが、俺と同い年くらいに見える。



「私、あなたとは結婚できません」



 すると、俺が思考を巡らせている間に、彼女はもう一度、先ほどと同じ台詞を告げた。


「だいたい、あなただって迷惑でしょう。急に私が婚約者だとか言われて」


 彼女の鋭い視線は、俺の心を凍り付かせる。

 まるで、俺の存在を拒否されているようだった。


「なので、この婚約は私たちで破棄しましょう。もう、親に婚約者を決められるなんて、時代錯誤も甚だしいではありませんか」


 そして、彼女はひと呼吸置いたのち、覚悟を決めたように、言い放つ。



「たとえ、私が人ではなかったとしても、です」



 そう、彼女は物憂げに語った。


 しかし、彼女の正体については、あらかじめ両親たちから知らされていた。


 彼女は、人ではなく、半妖だと。

 そして、彼女の血には『雪女』という妖怪の血が混じっていることも。


「……では、戻りましょう」


 そう言って、彼女が俺に背中を向けたところで、


「待ってくれ」


 俺は、彼女を呼び止めた。


「……なんでしょうか?」


 彼女は足を止めて、こちらを振り返る。

 その表情は、明らかに不満がにじみ出ており、隠す気は一切ないようだった。


 しかし、俺はそんな彼女に向かって、はっきりと告げる。


「それは困る」

「……困る?」

「そうだ。きみとの縁談を白紙に戻されることは、俺にとって非常に困ることなんだ」


 怪訝そうに見つめる彼女だったが、小さくため息を吐くと、また僕を睨みつけるようにして口を開く。


「……さすがは、阿倍野あべの家のご子息ですね。家柄を重んじる発言には敬意を表します。ですが……」

「違う。家のことは関係ない」

「……はぁ?」


 彼女は一瞬だけ表情を崩したものの、すぐに元の能面に戻る。


「……では、何が困るのですか? このままでは、あなたは私と結婚してしまうことになるのですよ?」


 彼女の問いかけに、俺は迷いなく頷き、告白した。



「ああ、俺は君のことが好きだ。結婚してくれ」



「……………………」



 彼女は、凍り付いてしまったかのように、動かなくなった。


「俺は、君のことが好きだ。結婚して……」

「き、聞こえてますよっ!? 2回も言わなくて結構ですっ!!」


 なんだ、てっきり聞こえてないのかと思った。

 だが、それなら俺の気持ちは伝わったはずだ。


「いやいや……ちょっと待ってください。えっと……整理させてもらいます」


 すると、彼女はアンケートを取るように、1つずつ項目を確認していった。


「ま、まず……あなたと私は、今日、初めてお会いしましたよね?」

「ああ」

「そ、それで……両親から許嫁がいたことも、昨日知らされたばかりだと」

「そうだな。そういう決まりらしいが、俺も驚いた」

「結果……あ、あなたは私と結婚したいと……」

「そうだ。雪見ゆきみさん、俺と結婚しよう」

「なんでですかっ!?」


 鋭いツッコミが、彼女、雪見さんから発せられる。


「意味が分かりませんよ!? 結婚って、そんな簡単に決められることじゃないでしょう!?」


 最初の落ち着いた様子はどこへやら、雪見さんは取り乱したように声をあげる。


「何故だ? 俺は君のことが好きだ。ならば、結婚という形で縁を結ぶのが自然だと思うんだが……」

「わ、私のことが、す、好きって……! ま、まずそれですよ! ど、どうして、私のことが好きなんですか!?」



「一目惚れだ」



「……へっ?」


「今日、君と会った瞬間、胸が張り裂けそうなほど心臓が高鳴ったんだ。こんな気持ち、今まで味わったことがない」


 そして、俺はすぐにその理由が理解できた。

 俺は、彼女に恋をしたのだ。


「お願いだ、雪見さん。俺と結婚……いや、まだそこまで決めなくて構わない。結婚を前提としたお付き合いをしていただけないだろうか!」


 俺は、拳をぐっと自分の胸に作り、彼女を見つめた。

 すると、彼女の白い肌の顔がみるみるうちに真っ赤になっていき、泣きそうな顔になってしまう。


「……そ、そんなことを言われても困りますっ! だ、だって、私、まだあなたのことなんて全然知らないし……お、お付き合いするにしても! それはお互いが好きでなくてはいけないもので……」


 なるほど、彼女のいうことはもっともだ。


 恋人同士になるためには、互いが好きでなくてはならない。


「よし、ならば、君が俺に恋をしてくれれば、何も問題はないわけだな」


 そして、俺はこの場で、宣言する。



雪見ゆきみ澪華れいかさん。俺は……必ずあなたが好きになってくれるような男になってみせます!!」



 こうして、俺、阿倍野あべの明星めいせいの、雪女である雪見ゆきみ澪華れいかさんへの初恋は始まったのだった。




 オリポス文庫 著:日輪ひのわ牡丹ぼたん『雪女の雪見さんは燃えるような恋をしたい』 

 第1巻 序章 「3月の初恋」より抜粋

 

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