第44話 ある寒い日の冬の出来事②
そして、迎えた昼休み。
いつものように、すぐに教室から出て行った
合流場所となっている屋上前の踊り場は、隙間風があるせいで結構寒い。
それでも、小榎さんはここがお気に入りのようだし、僕も静かで誰も来ることがないこの場所が好きだったりする。
もちろん、それは小榎さんとこうして話が出来るというのが大きいかもしれないけれど。
「それで、
お弁当を広げたものの、小榎さんはおかずには一切手を付けずに、僕に質問する。
なので、僕も昨日の出来事を一通り話してみた。
一応、やっぱり僕と叶実さんが一緒に住んでいることは秘密にしておいたほうがいいと思ったので、話は少し要約してしまったが、今、叶実さんが……つまり、
「そうですか……そんなことがあったのですね……」
ただ、小榎さんに話したのは、叶実さんがお父さんを亡くしてしまったことではない。
僕が小榎さんに聞きたかったのは『ヴァンラキ』についてだった。
それは、『ヴァンラキ』のファンの間でも、度々討論となっていた問題だった。
「ねぇ、小榎さんは……あの10巻の展開、正直、どう思ったの?」
僕がそう尋ねると、小榎さんは目を瞑って、すぅっと息を吸った。
そして、小さな声だったけど、はっきりと僕に告げる。
「正直……ショックでした」
うなだれたまま、小榎さんは続ける。
「前にも言いましたが、私はジャンヌが一番好きでした。それなのに……彼女は自分の夢を叶えることなく、死んでしまったのですから……」
気が付けば、小榎さんの声は少し上ずっていた。
きっと、彼女にとっては涙を流してしまいそうなくらい、ショックな展開だったのだろう。
無論、僕だって初めて読んだときは、衝撃を受けた。
ヒロインの死亡。
しかも、ジャンヌは『ヴァンラキ』の中でも、屈指の人気キャラだった。
そして、この展開は当然ネットで賛否両論が行われ、話題となった。
僕の感覚になってしまうが、当時のネットでは圧倒的に「否」の意見が多く、中には「ジャンヌは死んだように見せて、実はフェイクだろ?」という考察をしている人もいた。
その展開も、決して的外れではないと当時は思っていたけれど、僕はこの前、彼女の口からはっきりと言われたのだ。
――わたしは、どうしてジャンヌを殺したんだと思う?
つまり、叶実さんは間違いなく、ジャンヌが死んだ展開として、あのシーンを描いていたことになる。
「それに、ジャンヌが死んだあとのスヴェンの描写が痛々しくて……読んでいて辛かったです」
そう告げた小榎さんの発言に、僕も当時の自分の気持ちを思い出す。
ジャンヌの死亡後、スヴェンはその怒りのまま、聖女ローズ=マリィを殺してしまう。
スヴェンにとっては、敵討ちとなったのだろうが、その描写はあまりにも救いのないもので、僕も小榎さんと同じように、痛々しいと感じてしまった。
そして、物語はリスとの激闘を追え、駆けつけたカメリアとシルがスヴェンを見つけたところで幕を閉じていた。
ファンの中では、これが最終話なんじゃないか? と言われており、それを証明するように続刊が刊行されることはなかった。
「……でも、小榎さんはまだ続刊があると思っているんだよね?」
「はい、当然です。だって……」
だが、僕や小榎さんのように、続刊があると思っていたファンも多い。
そして、その理由は、酷く単純なものだった。
「あれでは、誰も幸せになっていないじゃないですか」
小榎さんは、はっきりと僕に、そう告げた。
「……うん。そうだよね」
僕も、小榎さんの言葉に深く頷いた。
僕たちが、まだ『ヴァンラキ』が終わっていないと思う理由。
それは、1巻のあとがきに書かれている、七色咲月先生の言葉だった。
――この物語は、ほんの少しだけ、誰かが幸せになる物語です。
その宣言通り『ヴァンラキ』に出てくるキャラクターたちは、例えどんな苦難を突きつけられようが、それを必死になって立ち向かいながら、前へと進んでいた。
だけど、もし、作者自身がその考えを変えてしまっていたら、どうだろうか?
自分の力ではどうしようもない悲劇に見舞われてしまったのだとしたら?
「大丈夫ですよ」
「えっ?」
しかし、まるで僕が頭の中で考えていたことを読み取ったかのように、小榎さんが僕の考えを打ち切る言葉を告げる。
「七色先生なら、きっと、また『ヴァンラキ』を書いてくれるはずです。だって、私に沢山の勇気をくれた人なんですから」
小榎さんは、遠くを見つめるようにして、はっきりとそう言った。
けれど、それは僕にではなく、七色先生に対しての、読者からのファンレターのようなものなんだと思った。
……小榎さんは、信じているのだ。
必ず『ヴァンラキ』がみんなの納得する形で、完結することを。
そんな人が、僕だけじゃなかったことを実感できて、心が軽くなる。
「……ありがとう、小榎さん」
だから、僕は自然と小榎さんにお礼を告げてしまっていた。
「……いえ、ファンとして、当たり前の意見です」
小榎さんも、何故自分がそんなことを言われたのか、最初は分かっていないようだったけれど、すぐに何かを納得したように、深く頷いた。
そして、ようやく広げたお弁当に手を付けながら、彼女は僕に言った。
「ですから、ちゃんと瀬和くんも七色先生に気持ちを伝えたほうがいいと思いますよ」
「……僕の、気持ち?」
「ええ。だって、瀬和くんも私と同じ気持ちだから、今でも『ヴァンラキ』が好きなのではないんですか?」
「それは……もちろん、そうだけど……」
「だったら、お伝えしたらどうでしょうか? せっかく、瀬和くんは七色先生と面識ができたんですから」
そして、小榎さんはにっこりとほほ笑んで、僕に告げる。
「きっと、瀬和くんなら大丈夫です。私たちファンの代表として、七色先生にありったけの想いをぶつけてください!」
小榎さんは、右手で拳を作って、僕に突きつけるようにした。
それが、まるで少年漫画の主人公みたいで、ちょっと小榎さんとのイメージとは合っていないと思ったけれど――。
僕は、そんな真っ直ぐな小榎さんの姿が、めちゃくちゃカッコいいと思ったのだった。
「……ファンの、代表か」
そう言われて、僕は苦笑いを浮かべる。
「それって、結構責任重大だよね」
「はい。『ヴァンラキ』を待っている皆さんの代表なんですから、それくらい当然です」
何か、僕の心の負担が軽くなるようなことを言ってくれるのかと期待したけれど、小榎さんはシビアだった。
でも、それはそれで、小榎さんらしいと思う。
「わかった。僕、頑張って来るよ。小榎さんの分まで」
「はい、頑張ってください」
小榎さんは、声優さんとしては申し分ないくらいの、よく通る声で、そう頷いた。
その声に後押しされるように、僕の覚悟は決まった。
今日、叶実さんに全て話そう。
きっと、叶実さんなら、ちゃんと聞いてくれるはずだ。
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