第12章 僕と甘えたがりのぐうたら彼女
第43話 ある寒い日の冬の出来事①
12月中旬の月曜日。
コートにマフラー姿の学生が多くなってきた中、僕も例に漏れず、防寒装備が万全な姿で教室へと入っていく。
しかし、
期末テストも終わったということで、クラスメイトたちの顔もそこはかとなく和んでいるように感じる。
「やっほ~。おっはよ~、つくしっち。いやぁ~、今日も寒かったねぇ!」
そして、僕に元気よく挨拶をしてくれたのは、もちろん
今日も左右についたお団子がぴょこぴょこと動いている。
「ねえねえ、聞いてよ、つくしっち。今日の1限目って化学でしょ? きづなさん、結構自信あるんだよね。つくしっちはどうだった?」
「うん、僕は……あまり自信ないかな」
「そっかー。確か、つくしっちは文系志望だったもんねー。あっ、ちなみにあたしは理系だよー」
そして、いつも通りの箱庭さんとの雑談が始まる。
それが、今の僕にはありがたく感じてしまう。
だというのに、状況は一向に改善されないどころか、叶実さんと距離が出来てしまって、全然話ができていない。
そんな中で、いつも通り振る舞ってくれる箱庭さんの存在は、僕の心を少しでも穏やかにするという意味では、非常に貴重なものだった。
ちなみに、僕が文系志望だという話は一度も箱庭さんにはしていない。
どうして知っているのか? と言われれば、箱庭さんだから、という答えで十分だと思う。
そんな感じで、他の人たちが雑談を行っている中、僕は1限目の授業の準備をしようとしたところで、誰かの視線を感じた。
なので、振り返って確認すると、
「…………」
そこには、じっとこちらを見ている
「……あっ!」
その瞬間、僕は咄嗟に声を発してしまい、周りにいた人たちも何事かと目線を僕に送ってきた。
「ん? どしたの、つくしっち?」
隣で他の女の子たちと喋っていた箱庭さんも、不思議そうに僕にそう尋ねる。
「え、えっと……いや……家のエアコン、消し忘れたかもしれないなぁ……なんて」
「あー、あるあるだよねぇ。あたしもお母さんによく怒られるよ~」
あはは~、と笑顔を浮かべる箱庭さんは、どうやら僕の話を信じてくれたようで、またクラスメイトたちとの談笑へと戻ってくれた。
しかし、僕の問題はまだ解決していない。
もう一度、ゆっくりと後ろを振り返ると、やっぱり小榎さんはこちらをじっと見たままだった。
ただ、その顔が無表情というか、いつも昼休みに見せてくれるようなものではないことは一目瞭然だった。
むしろ、クラスの時にいるような『
……そして、僕はその原因に心当たりがある。
というか、さっき小榎さんと目が合った時に、思い出した。
あのパーティーがあった当日の夜、僕は小榎さんからメッセージを貰っていたのだ。
けど、それに気が付いたのが夜遅くのことで、明日に連絡しようと思ったのだけど、色々とあって、返信するのをすっかり忘れてしまっていた。
もしかしたら、小榎さんは、全然返信をしない僕に苛立っているかもしれない。
……そう考えてしまうと、僕の不安が一気に膨らんでいってしまった。
「…………」
すると、僕がそんなことを考えている間に、ふいに小榎さんが席を立って教室から出て行ってしまった。
クラスメイトたちは、別段小榎さんが出て行ったことを気にする様子はない。
だけど、気が付けば僕は席から立ち上がって、教室から出て行った小榎さんを追いかけてしまっていた。
「こ、小榎さんっ!」
すぐに追いついた僕は、廊下を歩く小榎さんに向かって、彼女の名前を呼ぶ。
そして、振り返った彼女は――。
「
目に涙を浮かべながら、僕を見つめていた。
……えっ? ど、どういうこと?
しかし、そんな混乱する僕の手を小榎さんがガシリッと掴んだかと思うと、彼女はそのまま僕を連行してしまった。
というか、今と似たような展開が前にもあったような……なんて考えているうちに、すっかり僕たちが会う時はお馴染みの場所となった屋上前の踊り場へと到着してしまった。
「……はぁはぁ」
そして、ここまで小走りで来たこともあって、小榎さんは少し息があがってしまっていた。
「あ、あの……小榎さん?」
ちょっと心配になってしまったので、声を掛けると……。
「……して……」
「えっ?」
「どうして、連絡返してくれなかったんですかっ!?」
もの凄い勢いで詰め寄ってきた小榎さんが、そのまま僕に向かって話し始める。
「私、すっごく不安だったんですよっ! そ、その……!
これ以上我慢できなかったのか、小榎さんはすすり泣くような声を出しながら、目を擦り始めた。
「ち、違うよっ! 僕が小榎さんのこと、そんな風に思うわけないじゃないか!」
なので、僕は慌てて小榎さんの意見を否定する。
どうやら、小榎さんはとんでもない勘違いをしてしまっているらしい。
なんとか誤解を解こうと、僕の声も少し大きくなってしまった。
だけど、例えどんな理由があろうとも、僕が小榎さんを嫌いになるなんて、絶対にありえないことだ。
「……ほ、本当ですか? でも、だったら、どうして……」
「そ、それは、色々あって返事をするのをすっかり忘れてて……。だから、本当にごめん……」
今回の原因は、間違いなく僕だ。
そのせいで、小榎さんに変な気を遣わせてしまったり、不安な思いをさせてしまっていたのだとしたら、本当に申し訳ないことをした。
「そ……そうですか……。良かった……」
だが、ちゃんと誤解だと分かってくれたのか、小榎さんは力の抜けたような笑顔を浮かべる。
それが……場違いな感想であることを承知の上に言わせて貰えるのならば、その……凄く可愛らしい笑顔だった。
「……すみません。私も変な早とちりをしてしまいましたね……。私、昔からそうなんです。自分で勝手に嫌な想像ばかりを働かせてしまって……」
しゅん、と項垂れる小榎さんだったけど、僕が同じ立場だったら、もしかしたら僕だって返事が来ないと不安になるかもしれない。
「ですが……瀬和くんは、いつも丁寧にお返事もしっかりくれるので、本当に心配だったのですよ」
そして、小榎さんは不安そうな声のまま、僕に尋ねる。
「瀬和くん……何かあったのですか?」
心配そうな顔で、僕を見つめてくる瀬和さん。
その表情を見て、僕は小榎さんになら、今の僕の悩みを話してもいいと思った。
それに、これは『ヴァンラキ』のことにも関係しているのだ。
「それが……」
と、僕がパーティーから今日までのことを話そうとしたところで、
――キーン、コーン、カーン、コーン。
という、朝のHRが始まるチャイムの音が鳴り響いた。
「ご、ごめん! 全然、時間気にしてなかった! 話は昼休みにするよ。それより、早く戻らないと……! って、一緒に戻ったら駄目だよね! 小榎さんが先に……」
「……いえ」
僕が先に小榎さんに教室に戻ってもらうように促すが、それを小榎さんは首を横に振って、僕に告げる。
「いっ、一緒に戻りましょう……。べ、別に、私は瀬和くんと仲良くしているところを見られても問題ありません。と、友達……なんですから」
小榎さんは、遠慮するように僕の制服の袖を掴んで、そう言ってきた。
「そ、そうだね……」
僕は自然にそう答えたのだが、なんだかシチュエーションがシチュエーションなので、心拍数が上がってしまい、声が裏返ってしまう。
だが、それを違う方向に受け取ってしまったらしい小榎さんが、口を尖らせながら僕に告げる。
「……なんだか、不満そうに聞こえるのですが?」
「い、いやいや! そんなことはないって! ただ……」
「……ただ?」
「な、何でもない! そ、それじゃあ、戻ろうっか……」
僕は誤魔化すようにそう言って、小榎さんに背中を向けて歩き出す。
すると、小榎さんも僕の横に並んで、ぽつりと呟く。
「……いつか、『ただ』の続きを聞かせてくださいね」
……それは、残念だけど本人に伝えるのは凄く恥ずかしいので、忘れてくれることを願ってしまう僕だった。
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