幕間『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』序章


 光が消えた、夜の街。


 1人の男が、裏道である路地を悠然と歩いていた。


 土埃で汚れたマントの下には、細身ながらも鍛えられた肉体が隠されており、彼の身体には至る所に痛々しい傷が刻まれている。


 だが、彼はいくら自分の身体が傷つけられようが、全く痛みを感じない。

 それは生まれてからずっと、変わらない彼の感性であった。


 自分が生きているのか、死んでいるのかも分からない。


 しかし、そんな彼が唯一、生を感じることのできる瞬間がある。


「た、頼む……殺さないでくれっ!! もう人を襲わねえ! 絶対だ!!」


 目の前には、男の姿をした人物が震える声を必死に絞り出して助けを求める。


 だが、彼の口からは、おぞましい牙が覗かせており、血が滴りおちていた。


 この世には、人間ではない化物が存在する。

 彼らのような異形な存在を、人間は『吸血鬼』と名付け恐怖の対象として畏れていた。


 それを証明するように、化物の周りには、もうただの肉塊となってしまった「食べ残し」が散らばっている。


 血、肉、肉、肉、血、血、血、肉。


 わずかに照らす月の光で見える光景は、まるで地獄絵図のようなものだった。


 地面に残っていた眼球には、恐怖の色が残る。

 吸血鬼に襲われた人間は皆、無慈悲な恐怖と共に惨殺されることが多い。


「お、お前らだって、生きる為に他の生き物を喰うだろっ! オレも同じだっ! 大体、こんな汚ねえ場所に住んでる人間を喰ったところで、誰も気にしねえだろがっ! オレたちの中には上級階級の人間しか喰わねえグルメなやつもいるが、オレは違う! オレは優しいからよぉ、人様には迷惑をかけてねえんだよ! だから、な? ここは見逃して――」


 しかし、彼の言葉は途中で途切れる。


「……死ね、化物が」


 そう告げた瞬間には、もう化物は1人の人間の手によって、バラバラに刻まれてしまっていた。


 本来なら、再生能力のある吸血鬼が、このようなことで命を落とすことはない。


 だが、切り刻まれた身体は形を残すことなく、熱された水のように跡形もなくこの世から消え去ってしまう。


 同時に、彼の手に握られていた剣が、腰にかけられた鞘に収まる。


 この瞬間だけが、彼が自分は生きていると実感ができる瞬間だった。



 彼の名は、スヴェン=グランディール


 サザンクロス教会に属する、吸血鬼狩りの称号が与えられた『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』の1人であった。




 オリポス文庫 著:七色咲月 

『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 1巻冒頭より抜粋

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