恋愛の37 結婚

 泣いて、泣きつかれても、女王様は僕から離れようとしなかった。シャーロット様が亡くなった時も、こんな姿だったのだろうか。



「……私は、生涯こんなに人を好きになる事はない」



 どう答えていいのか、分からなかった。肯定も否定も、彼女の為にならないと思ったからだ。



「でも、もう引き留めたりしないよ。だって、離れたくないのは、一緒だって分かったから。それに、私もトモエの笑ってる顔の方が好きだ」

「サロメ、僕は……」

「だから、トモエ」



 僕の言葉を遮って言うと、彼女は僕を見上げて一瞬だけ黙り、そして。



「私と、結婚して欲しい」



 言葉を返す前に、女王様はつま先を上げて僕の唇を奪い、少しだけ吐息を漏らした。目を閉じる暇もなくすぐに離すと、潤んだ瞳のまま、有無を言わせない儚げな表情を浮かべている。



「永遠、なのだろう?」

「……もちろん。誓うよ」



 僕が言うつもりだったと言ったら、彼女は信じてくれるだろうか。



「……ふふっ。これは、呪いだな。もう、互いに誰のモノにもなれない」



 そう言って、女王様は悪戯な笑顔を僕に向けた。



「トモエ、キスをしてくれないか?どうやら私は、奪うよりも奪われる方が好きみたいだ」



 果たして、この場合奪われているのはどちらなのだろうか。そんな事を考えて、僕は抱き寄せると彼女に想いを重ね、一時えいえんの感情に全てを委ねた。



 × × ×



 数日後の朝、エイバーの港にて、僕はアグロさんと肩を並べて海を眺めていた。彼は、僕がこの世界から消えると聞くと、この場所へと僕を誘ったのだ。



「ほら、また船が来たぜ。ありゃ、『キャピタル・トラベル』の商船だ」

「大きいですね。うちの船よりも、更に大きい」

「当然だ。あそこは、ここいら一体の国を取りまとめる巨大な企業だからな。そして、これからGO&Mが倒すべき敵だ」



 ポケットに手を突っ込んだまま、アグロさんは呟いた。



「すいません。僕も、本当は一緒に戦いたかったです」

「……正直、お前が居なきゃ、勝てるビジョンが見えない。ったく、お前が居なけりゃこんな悔しい思いもしないで、俺はただの運送屋として一生を過ごせたのによ」



 彼は、そう言いながら僕の方を向いて、優しく笑った。



「スカウト、やってきたぜ。どいつもこいつも、魔法の才能のない、根性と頭脳でのし上がって来た連中だ。どこか、トモエと同じ匂いがするんだ」

「アグロさんは、本当に熱血が好きですね」

「当然だ。かっこいいじゃねえか、そう言う奴ってさ」



 再び海を見て、僕の肩を掴む。



「……クロックコレクションが、うちの傘下に入りたいって、社長から連絡があったよ。これからは、陶器もメインの商材として扱う事になりそうだ。それに、お前のニューケムランドでの活躍は、若い企業の憧れにもなってるんだぜ?C・ファニング、覚えてるか?」

「もちろんです」

「あそこの社長も、またトモエに会いたいとさ。古代花の石鹸、是非仲介を頼みたいって」



 声は、少しだけ震えていた。



「叶えてあげられそうには、ないですね」

「……そうだな。まぁ、後続の初陣として利用するよ。失敗しても、きっと得るモノはデカいさ」



 掴む力は、更に強く。僕よりも高いところにあった頭は、いつの間にか低くなっている。

 利益よりも、人を育てる為に。こんな人だから、僕がこの人が大好きなんだ。こんな人だから、ずっと信じていられたんだ。



「楽しかったなぁ。……あの時、お前と出会って本当に良かったよ」

「僕の方こそ。アグロさんが居なければ、何一つ成し遂げる事は出来ませんでした」



 モアナのひまわりも、政治家を雇う為のお金も、全てこの人が居てくれたからこそだ。そして、何より。



「あなたは、ずっと僕を励ましていてくれました。これ以上ない、最高の友人です」

「……おっさんを泣かすんじゃねえよ、この野郎」



 笑いかけてハンカチを渡すと、アグロさんはそれを手に取って涙を拭った。そんな彼の背中を叩いて堪えていると、突然後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。



「トモエ!」



 振り返るとそこには、走ったからか着崩れた着物姿のスミレさんが立っていた。



「お久しぶりですね、スミレさん。お元気でしたか?」



 訊くと、彼女はその問いには答えず、つかつかと歩いて僕に抱き着いた。その勢いが余って海に落ちそうになった僕たちを、急いで立ち上がったアグロさんが支えてくれた。あわや、大惨事だ。



「もう、夜は明けていますよ」

「そういう話ではありんせん!この世界から消えるって……」



 言われ、僕は彼女の肩を持って体を離すと、乱れた髪の毛を払って顔を見る。



「それで、わざわざ来てくれたんですね。ありがとうございます」



 笑いかけると、彼女は脆く涙を流した。



「わっちは、主さんにはこれからも……」



 言い淀んだスミレさんは、一体何を言おうとしたのだろうか。途中で、違うと横に首を振って言葉を止めたから、その答えは分からなかった。

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