恋愛の35 明日の為に

「……そうか」



 俯くゼノビアさんの表情は、僕の心臓をズキリと突き刺した。しかし、浮かべた笑顔は途切れていない。

 彼女は、女王様から話を聞いているはず。ならば、不安にさせるのは絶対にタブーだ。



「では、僕は行きますね」

「あぁ、行ってらっしゃい。執務室に向かうんだよ」



 城の中を歩き、僕は執務室の扉の前に立つと、大きく深呼吸をして扉を叩く。すると、中からは声でなく、扉を開いて僕を出迎える女王様の姿があった。



「こんばんは、女王様。ご機嫌は如何ですか?」

「あまり、よくない」



 呟き、彼女は中へと僕を誘う。後に続いて扉を閉めると、そのすぐ隣には花の入った大きな花瓶が置かれていた。捨てられていたと聞いたけど、それは確かに僕が渡した花瓶だった。



「眠れていないのですか?」

「……それもある。工業区画の進行は任せたのだが、今度は公共施設の復旧によって急増した処理が舞い込んできた。まぁ、貴族が管理していたモノを私たちだけで担う訳だから、こうなるのは分かっていたけどな」

「申し訳ございません。本当は手伝いたいのですが」

「いいよ。それに、お前こそ人の手伝いが出来るほど眠っているのか?」

「イスカへ移動中に少しずつ、と言うところでしょうか」



 言うと、女王様は苦笑いを浮かべてから僕の体に寄りかかった。……少し、痩せたみたいだ。



「それで、今日はどうしたのだ」

「兼ねてからお話していた、販促イベントの男の招待客についてのお話に。こちらの案が形になりましたので、お聞きいただければと」

「……そうか。なら、早速頼む」



 そう言いつつ、僕を離さなかったから、姿勢を変えずに話をすることにした。



「今度のイベントには、イスカとヘイアンステイツからの招待客として、男の政治家たちが来ることになっています。いずれも、声をかけるよりも先に金の匂いを嗅ぎつけた、狡賢ずるがしこく頭のいい政治家です」



 そして、最大のポイントは、この国への移住を望んでいること。



「私は、その物たちが信用できるとお前に聞いたが?」

「はい、信用できます。彼らほど勤勉な人間は、他にいませんよ」

「……少し、私には難しいな」



 あの頃の、結果だけを求めていた女王様はもういない。答えだけを聞き出すわけでもなく、考えながら僕が口を開くのを待っている。だから、僕は彼らが金の為ならばどれだけ身を粉にして働くのかを、両国の歴史を追って説明した。



「……その結果、イスカは商業中心とした、ヘイアンステイツは工業を中心とした民主政治を成立させる事に成功しています。そして、驚くべき事は、両国とも現在中心に立つ政治家が、元商人の移民であるという事です。両国ともに、建国から百年余りなので、当然と言えば当然ですけどね」



 皮肉な事に、この世界では魔人の少ない国ほど文明水準が高い。それは、持たざる者として繁栄を望み、才能に頼らない生き方を選んだからなのだろう。歴史を選ぶか、未来を選ぶか。両国は、後者だったという訳だ。

 そして、魔法の心得があるこの世界の人たちは、裏を返せばいつでも個人で武力を振りかざす革命を起こす事ができる、という事になる。国家の転覆とまでは行かずとも、一人に天誅を下すのは非常に容易たやすい。

 そうなってしまえば、彼らはこれまで努力によって積み上げた資産を全てを失ってしまう。だから、それを恐れた商人たちが政治家になり、ルールを整備したのだ。つまり。



「そうならない為に、金の好きな政治家は国民の期待を裏切らない、という訳か」

「そうです。確かに、友情や人徳は大切です。しかし、掛け替えのある大切なモノが必要なのも確かです。それらを信仰する彼らは、この国を裏切りませんよ」



 その為の、この世界で僕が貯えた財産だ。ペーパームーン雑貨店、GO&Mカンパニーのポスト、銀行との太いパイプ。僕は、全ての行く先を女王様に任せようと思っている。どう使うかは彼女次第だけど、一人で答えを急がない事だけは確かだ。



「ならば、私が王を辞め、ヘイアンステイツのように資産家の中から大統領を選べというのか?それでは、またこの国の女たちに不満が蔓延はびこってしまうかもしれない。いたちごっこは避けたいよ」

「おっしゃる通りです、女王様。しかし、女王様が三権(立法権、行政権、司法権)を統治せず、それを国民へ分け与えて、王の役割をそれらの相談役とするのはどうでしょうか」

「……王は、君臨すれども統治はせず、と言う事か」

「流石、女王様です。あくまで、一案に過ぎませんけどね」



 言うと、彼女はそのままの姿勢で、「ふむ」と呟いた。



「トモエ、お前の世界の国王は、そういう存在なのだな」

「その通りです。僕が、一からこんな事を考え着くワケがありませんよ」

「前に言っていた、知りたければなんでも知れる、という境遇の賜物か。……クレオもいずれ、そうなるといいな」

「女王様になら、きっと出来ますよ。現に、こうして必死に考えて、行動に移そうとしているじゃないですか。偉いです」



 言って頭を撫でると、彼女は照れたようで、僕の胸に顔を埋めた。



「ここから始める為に、議会で話してみる。私の一存でそのアイデアを決めては、それこそ意味がない」

「懸命です。うまくいくことを、願っていますよ」



 ……沈黙。僕は、これから自分が何を言おうとしているのかをしっかり理解しているにも関わらず、不思議なくらいに落ち着いている。



 地味に、確実に。それだけは、やり通す事が出来て、本当に良かったと思う。



「これで、僕が居なくなっても、みんなが幸せに暮らせますね」



 ……女王様は、何も言わなかった。

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