恋愛の34 最後の仕事
「街を歩いて、分かったよ。お主の献金のお蔭で、様々な施設が復活を遂げておった。国民たちの暮らしは、随分と豊かになったじゃろう」
「僕の添えた程度、微々たるものです。復興に直接力を発揮したのは、この国の女性たちですよ」
実際、その通りだ。この国は、彼女たちが復活させている。僕は、物を売っているだけに過ぎない。
「……ありがとう、トモエ。お主が、人知れずこの世界を救ったことを、わしだけは知っておる。お主のお蔭で、手を血で染め上げずに済んだのじゃ」
きっと、この世界の行く末を一番心配していたのは、他でもないプリモネ様だったハズだ。何故なら、女王様自身も知らなかった崩壊の危機を、彼だけがずっと予測していたのだから。
そう考えると、この人にだけは、いつものような謙遜をする気にならなかった。
「どういたしまして、プリモネ様。僕は、自分の働きを誇りに思います」
「素直でよろしい。……まったく、そこまで出来るのに、どうしてサロメを骨抜きにしてしまったのやら」
言って、プリモネ様は小さな拳を握ると、僕のお腹を優しく叩いた。
「恋愛の過程に、商売が絡んだだけです。そして、僕には商売の才能があり、恋愛の才能が無かった、それだけです」
「そうじゃな。……もう、何も言うことはないわい。それではな、トモエ」
「……プリモネ様。最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」
「なんじゃ」
僕は、振り返って足を止めた彼に一つの願いを言った。
「……世界の均衡か。大きく出たものじゃの」
「どうでしょうか。あなた以外に、適切な人はいないと思っております」
「これも、織り込み済みじゃったんじゃろ。まったく、賢者をなんじゃと思っておる」
「僕が、この世界で唯一、本心まで全を話せる人だと思っています。ですから、なにとぞ、よろしくお願いします」
「……悪い気はせんわい。まあ、考えておくよ」
そして、彼は笑顔を見せてから店を出ていったのだった。
……その日の夜。僕は、決めた覚悟を形にするために、紙に文字を書いていた。そうしなければ、きっとうまく伝えられないと分かったからだ。
ペンを持つ手は、記すたびに遅くなり、意志に反して震えていった。それでも、僕は左手で右手の手首を掴みながら、一文字ずつゆっくりと書き連ねて。二人の始まりであるはずの恋愛を、ゴールにする為の練習を重ねた。
そうしているうちに、随分と長い時間が経ってしまっていた。僕がいつの間にか寝てしまったのは、多分外が白み始めて間もない頃だ。
この日だけは、女王様が僕のところへ来なくて本当に良かったと、心の底から思った。何故なら、起きた時に目を開けて見えたのは、書いたはずの文字が読めなくなるくらいに、インクが滲んでしまった原稿だったから。
× × ×
数日後、仕事を終わらせた僕は、夕方の街を城へ向かって歩いていた。
「トモエ、あのイベントに『ミッシェルコート』は出店するの?」
「もちろん、あなたの事を、彼らも心待ちにしていますよ」
「トモエ〜、僕の店もイベント用に新しいホットスナック考えたから、味見しに来てよ〜」
「分かりました、後ほど伺います。楽しみにしておきますね」
「トモエ、実は仕入れてもらいたい商品があるのさ」
「なるほど。では、明日までには調べておきます。任せてください」
イベントが近づくにつれて、僕は話しかけられる機会が多くなった。どんなメーカーが参加するのか、どんな国の料理が来るのか、それを知りたいという好奇心が抑えきれなくなってきたのだろう。
彼女たちは、毎日国の復興の為に精一杯の努力をしている。工業区域の計画は、そんな頑張りのきっかけとなったみたいだ。だから、束の間の休息に、新たな娯楽を求めるようになるのは至極当然の事だと思う。
やはり、国は発展を続けることで活気付くのだろう。そしてそれが、戦争の傷を埋める唯一の手段である事を、彼女たちが一番実感しているハズ。
人の、ネガティブな感情をエネルギーに変えた時の爆発力は、本当に素晴らしい。僕がこの世界に来た時の、目的の見えない暗い雰囲気とは大違いだ。
いくつかの依頼や、何気ない会話を交わしつつ、僕はようやく城門へと辿り着いた。そこには、いつも通りの変わらない姿で、ゼノビアさんが居てくれた。
「サロメ様が、中で待っているよ」
「分かりました。一緒に行かないんですか?」
「私は、門番だからね。城の中に危険が無ければ、行く必要はないさ」
……この人は、本当に優しい。最初からずっと、女王様の為の最善を尽くしている。冷静で、温かくて。僕のあるべき姿は、きっとゼノビアさんと同じだったんだと思う。
「なぁ、トモエ」
「はい、なんでしょうか」
「後悔はあるのか?」
「いいえ、ありません」
未練なら、ある。本当は、そう言いたかった。けれど、僕はもう、散々泣いた。散々弱音を吐いた。それは全て、彼女たちに笑顔を向けるためだ。だから、これまでと同じように。決して、不安にさせないようにするのが、僕の本当の最後の仕事だ。
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