恋愛の33  計画

「……それが、お主の答えか」

「はい、僕には女王様を愛さない事が出来ません」

「じゃが、その選択がどんな結末を呼ぶのか、分からないお主ではないじゃろう?」

「プリモネ様、僕はね、癌にかかっているのですよ。もう絶対に抗いようのない、不治の病と言ってもいいでしよう。そんな僕が、残った生涯を彼女に捧げる事に、一体何の矛盾がありますか?」



 彼は、何も言わなかった。



「壊れるなら、壊れるまで愛します。壊れたなら、壊れたまま愛します。他の事は、どうだっていい。僕は、この世界での寿命が尽きるまで、女王様と共にいます。世界なんて、ついでに救いますよ」

「お主が消えた後は、どうするのじゃ」

「プリモネ様、あなたは死んでしまったクレオライン国王様に、今から出てきて国を建て直せ、と言うつもりですか?」

「……まさか、わしが舌戦で負けるとは。参った、返す言葉が見つからんわい」



 賞賛の言葉なんていらない。それよりも、僕が彼に伝えたいのは。



「ありがとう、ございます。プリモネ様のお蔭で、僕の覚悟が決まりました」

「はて。お主の覚悟とはなんじゃ」



 その、言葉とは違う諭すような口ぶりを聞いて、僕はようやく、最初から彼に導かれていたことに気が付いた。

 ほら、この世界の男は、みんな優しいんだ。



「女王様に、僕は消えるとしっかり伝える覚悟です。その上で、残りの人生を二人で生きていくのですよ」

「……切ないのぉ」



 言うと、プリモネ様は僕の手を掴んで、そっと手の甲を撫でた。その仕草を見て、僕は彼が誰かに何かを伝えられなかった思い出があるんじゃないかと思った。



「プリモネ様。どうか、近くでこの世界の行く末を見ていてください。あなたを裏切った僕の最後を、知っていて欲しいのです」

「いいじゃろう。なら、しばらくはカテリーナの家にでも泊まるかの」



 そして、彼は僕から離れると、ため息をついてから静かに笑ったのだった。



 その後、話しながら何を買うのか決めていたのか、店を迷いなく回ってからいくつかのアクセサリーとローブをカウンターに置くと、つま先立ちになってカウンターに手を乗せた。



「これ、下さいな」

「お目が高いですね。流石、賢者様です」



 彼が、肩に掛けていた小さな鞄から財布を探している間、僕はタグに五パーセント引きのシールを貼って、その上で会計をした。



「サービスすると言いましたからね。しかし、プリモネ様の錬金の練度であれば、ここで見た物を作ってしまえばいいのではないですか?」

「ここで見つけた物を買うから面白いのじゃ。わしがいくら精巧に作っても、それは贋作にしかならんのじゃよ」

「是非、作っている人に聞かせてあげたい言葉ですね」



 商品を袋に入れて手渡すと、彼はその中を覗いてニコリと笑った。しかし、一つだけ自分の買っていない、ラベリングされた紙が入っているのを見て、それを持ち上げてから首を傾げる。



「はて、これはなんじゃ?」

「二ヶ月後、ペーパームーン雑貨店の二号店の誕生に伴った、クレオとイスカの国境付近で開催するイベントの周知フライヤーですよ。ですから、今ペーパームーン雑貨店で買い物をして下さった方には、当日のみ使えるお得なクーポンチケットを配布しているのです」

「ほう、これはよい方法じゃな」



 彼は、ラベルを解いてフライヤーを広げると、掲載されている品物を見て「楽しそうじゃ」と呟いた。



「僕の商売仲間や声をかけた飲食店が、たくさん来てくれる事になっています。彼らが、自社の商品を露店で販売する為です。言って見れば、店のPRを兼ねた販売促進会ですね」

「なるほど。それならば、この国の女たちも自然とコミュニケーションを取る事になるの。それに、エイバーから近いとなれば、船を降りて興味を持った突発的なお客も訪れるかもしれん」

「ご明察です。既に、イスカとヘイアンステイツでも予告をしてもらっています。下準備はバッチリです」



 更に、僕が投資している銀行も既に行動に出ており、参加企業へ積極的な融資を行っている。そのせいもあって、この市場への参加数は百に届き、事前の参加費用だけで莫大な利益を得ることが出来た。工業区域の資金は、これで問題ないだろう。



「企業側のメリットも大きい。よく考えられておるわい。……サロメの感触は?」

「良好です。ルーシー・ブレンドを絶対的なブランドに押し上げる絶好のチャンスでもありますので、ルーシーさんが説得に協力してくれました」



 こうする事で、「クレオに紅茶あり」というイメージを世界に植え付けるのだ。イメージとは、無意識に受け取っている名刺のようなモノ。だったら、今を新しい要素で塗り替えてしまえばいい。そうすれば、クレオを語る外国人は、次第に「紅茶の国」と認識を改めていくことになるだろう。



「男が来ると、分かっていてもか?」

「はい。国民たちが男を嫌っているのは、自分のせいだと。だから、もしその意識を変えるチャンスがあるのなら、一緒に手伝わせて欲しいと、そう言っておりました」

「……そうか。わしの予想は、間違っておらんかったのじゃな」



 彼は、自分の女王様がもう戦争を起こすことも無いだろうという言葉を、確信したようだ。

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