恋愛の32 無能恋愛

「のぅ、トモエ。お主は、どうして恋愛を選んだのじゃ?サロメに男を信じさせるだけであれば、他にいくらでも方法はあったじゃろう。結果論にはなってしまうが、究極的な話、わしが力を貸している残りの時間だけをやり過ごせば、それで良かったはずじゃ」



 その通りだ。神様が僕に命じたのは、「いずれ来る戦争を食い止める事」であって、「女王様と恋愛をする事」ではない。あくまで、このやり方を選んだのは僕だ。



「僕が、弱かったからです。それに、恋愛以外に、女性に全てを捧げる方法が分からなかったのです」

「なるほど。お主も存外、不器用じゃったか」



 しかし、いつからだろう。僕の目的が、本当の意味で世界を救う事から女王様と恋をする事に変わっていたのは。

 最初は、何もせずに死ぬ事を恐れていたはずだ。しかし、次第に追い続ける女王様の背中に惚れて、だから僕のやるべき事へ全力を注いでこれた。最高のパフォーマンスを発揮する為に、少しだけ捻れた方法を選んだ。



 そこまではいい。



 問題は、初めて体が透けた日。つまり、モルガン・マジックスティールから銀を仕入れる事が決まって女王様へ伝えた時に、僕は道を切り替えて、利益を追求し続ける道へシフトする事も出来たはずである、という事だ。



 あの分水嶺ぶんすいれいに立った時、最善を選ぶのであれば、僕は自分の想いを捨て去って、女王様を何としてでも商売の場へ引きずり出すべきだったハズだ。

 アグロさんやソージロさん、クロックさんにリヒターさん、他にも、まだまだたくさんいる。そんな僕が信じる男たちと、しっかりと話す場を設けることが出来れば、女王様の根底にあった恨みは薄れて行くに決まっていた。何故なら、彼らは僕よりもよほど善人で、頼れる存在だからだ。



 それなのに、どうしてそうしなかったのだろうか。



「……いや、本当はわかってるんです」



 呟き、もう隠しきれない想いを思い浮かべて、僕は俯いた。



 つまり、世界の命運が掛かっているこの状況で、あろう事か僕は女王様を独り占めしたがっていたのだ。



 だから、僕はいずれ来ると分かっている終わりから目を逸して、ずっと一緒にいられると思い込んでいたのだ。だから、船の上で「最後」だと口にしても、ろくに考えることもしなかったのだ。だから、僕を愛してくれたと実感出来るまで、他の男と会わせることを決めなかったのだ。



 ……僕は、なんて『無能』なんだろう。



 女王様の前世が怜音だったからと言って、強引に恋愛を推し進めた。なんて、愚かなんだ。



 思い返してみれば、僕の体が透けるのは、僕の想いが通じた時ではなくて、女王様が世界へ目を向けた時だったではないか。当たり前など、この世界に来た時からありはしないのに、僕は身に起こる現象の理由を探る事を、解釈を捻じ曲げて逃げていたのだ。

 道理で、僕がまだ消えていない訳だ。だって、恋愛をしている間は、世界は平和に向かってなどいなかったのだから!



 ……それなのに、僕はこの異世界転移における、「神様の命令である」という絶対的な公理を忘れて、その先にある仮定を結果にひもづけて、都合の良いように重ねた幸せだけを、ずっと語っていたのだ。



 全ては、エゴだった。

 国民という、掛け替えのない存在を持つ女王様を、僕は僕のモノにしたがっていた。それは酷く醜く醜悪で、この世界からすれば、純粋な悪意以外の何モノでもない。



 そして、あまつさえ男を知らないという彼女の生立ちすらも利用して、無理矢理に彼女の特別な存在と僕は、一体なんなんだ?本当に、どうしようもない、救いようのない本物の外道ではないか。



 これが、無能な僕の、ねじ曲がった恋愛の正体だったんだ。



 ……けど、それでも。



 分かっている。気がついたなら、今からでもそれを行動に移すべきだ。

 例えば、花を持っていくことをやめよう。そうすれば、女王様はどんな花が来るのか予想するのをやめる事ができる。

 例えば、想像を掻き立てるのをやめよう。そうすれば、女王様は何が起こるのかを考えるのをやめる事ができる。

 例えば、この笑顔を向けるのをやめよう。そうすれば、女王様は思わず笑ってしまうのをやめる事ができる。



 ……嫌だ。



 これからは、新しく出来上がる工業区域の発展だけに注力して、より国民の生活を豊かにする案だけを口にすればいい。

 そうだ。国の存続が決まったのなら、女王様には子供を作って次の王を育てるという役割が生まれるはずだ。彼女は、実は笑顔や照れた顔が誰よりも似合うから、今の姿を男が見ればすぐにアプローチが来るはずだ。

 そうすれば、きっと次第に国民たちにも幸せは伝播でんぱしていく、そんな素晴らしい未来が待っている筈だ。



 ……あの顔を、僕以外の男に向けるのか?



 それに、ほら。考えればいくらでも出てくる。ここで恋愛を止めてしまえば、次から次へと道が見つかるじゃないか。今だ、今しかない。言え。「やめる」と。そうすれば、女王様は救われる。

 言え。言えよ。今までだって、やれる事をただやってきてだろう。なら、今僕に出来る事をやれ。やるんだよ!これが、女王様を救う最後のチャンスなんだろ?だったら、「やめる」と言うんだよ!

















「……出来ない。僕は、サロメが好きなんだ。それだけは、絶対に譲れない」

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