結の章 【笑ってください、女王さま】
恋愛の31 終わりの始まり
クレオに戻ってからと言うモノの、何日かに一度、女王様は深夜に僕の所へ来るようになった。最近では、一日置きにエイバーへと足を運んでいるのもあって、随分と寂しがっているみたいだ。
一方、僕はと言えば、当然のように彼女に頼られる事を嬉しく思っている。今まで知らなかった事を僕から知りたいと思うのであれば、何だってしてあげたいと言う気持ちになっている。
こういう関係を、共依存と言うのだろうか。
そんな事を考えると、どうにも仕事が手に着かない。だから、僕はまず自分が冷静になる為にも、店の開店準備をしながら状況を確認することにした。何か別のことを考えていなければ、自分が狂ってしまうような気がするからだ。
「……さて、アグロさんは今頃どのへんに居るかな」
昨日、僕はアグロさんと共に、GO&Mカンパニーの新しい営業マンを獲得する為のスカウトに出ていた。事の発端は、国単位でエリアを掛け持つ僕を、流石にこれ以上の顧客を抱えれば過労で死んでしまうのではないか、というアグロさんの助言だった。
しかし、結局一人も決める事ができなかったのも、またアグロさんだった。彼曰く、ビッグネームを相手に商売するには、彼らには根性が足りていないらしい。ただ、この世界でそんなにガッツのある人間は、自分で起業するんじゃないかと思ったのは秘密だ。
そんな訳で、僕は会社の面接に応募してきた人たちのリストを、店を開けてからも眺めていた。
幸いな事に、今ではペーパームーン雑貨店は呼び込みをする必要もない程に知名度を上げて、目的を持って来てくれるお客が多い。営業をおろそかにするワケではないけど、やれる時にやれる事を進めるのもまた必要な事だ。
それに、ここに名前のある人のところへアグロさんは直接足を運んでくれているのだから、僕が協力しない訳にもいかない。いい人材が集まってくれるといいのだけど。
リストを見つつ、お客さんと話しつつ、そんな午前中を過ごしてから店が落ち着いた頃、僕はテレサさんに作ってもらった弁当を食べていた。
何かいい案がないかと模索しながら、ペッパーの効いたマッシュポテトを口に含んだ時、ふと店頭の棚の向こう側に、ピンク色の髪がひょこひょこと揺れているのに気が付いたから、立ち上がって笑顔を浮かべた。
「ごめんするのじゃ〜」
「お待たせしました。いらっしゃいませ、プリモネ様。本当に来てくれたんですね」
口元を拭って出迎えると、そこには黒いローブの裾をズルズルと引きずりながら商品を眺める、この世界の人間の中で最も頭のいいであろう賢者がいた。大人びた服装は、彼女の容姿とは明らかにミスマッチだ。
「賢者は、嘘をつかないんじゃ。偉いじゃろ?」
「えぇ、とても偉いですよ」
彼が元男だと知りながら、その見た目からどうしても子供を扱うように接してしまう。しゃがんで目線を合わせると、プリモネ様は屈託のない笑顔を浮かべて、「店の中を見るのじゃ」と奥へ入って行った。
というか、僕の態度を受け入れる彼もどうかと思うんだけど。
「そういえば、お主サロメとファジー島へ行ったようじゃな」
「誰にも言ってないはず、というのは野暮なんでしょうね」
「賢者じゃからな。モアナのひまわりは、格別じゃったろう?」
「はい。僕の知る物とは、ひと味もふた味も違いました」
「当然じゃ。あのひまわりは、魔物なのじゃからな」
……なるほど、あの香りの正体はそういうことだったのか。
言われてみれば確かに、魔管は全ての生物に通っているというのだから、植物だってその例外であるはずが無い。
「まぁ、先付けもこのくらいにして、本題をば。お主、後どれだけこの世界におれるのじゃ」
彼は、いくつかハンガーに掛かっているチェニックを手に取って訊く。さも当然かのようそれを口にしたが、いくら賢者と言ってもあまりに知り過ぎではないだろうか。転移は、神様が行ったと言うのに。
「わかりません。ただ、女王様が幸せになれば……」
言いかけた時、僕は気付いてしまった。
そうだ、世界を滅ぼす命令を出すのは女王様だけど、直接手を下すのはプリモネ様なんだ。だったら。
「余計な事は考えん方がいい。わしは、サロメの言う事しか聞かん。じゃから、あの子が滅ぼせと言えば滅ぼすし、あの子が救えと言えば救う。誓いとは、そういうものなのじゃよ」
「……大変、失礼いたしました」
僕は、あの話を聞いてもまだプリモネ様をみくびっていたらしい。見透かされているなんてレベルではない。これは、もはや掌握だ。
「勘違いするでない。わしはさっき、サロメに会ってきたのじゃ。お主から読み取るのは疲れるからの。比べて、あれは実に分かりやすくボロを出してくれたわい」
……何れにせよ、この人が知らない事はないと考えておいたほうがいいだろう。
「まぁ、よい。それに、あの子に戦争を起こす気などもうないじゃろう。問題は、むしろ……」
一度言葉を区切ると、プリモネ様は僕の顔をじっと見た。あの、迫力のある目ではない。けれどまるで、何かを悲しむような。
「ちと、やりすぎじゃ。サロメには、刺激が強すぎる」
「……いくら賢者とは言え、人の恋路に口を突っ込まないで欲しいですね。僕は、あの人を本気で愛しています。そのやり方に文句を言えるのであれば、女王様だけの筈です」
何故、僕はこんなにも強い言葉を使ったのだろう。しかし、その答えはすぐにわかった。
「わかっとる。しかし、そうもいかん。あれでは、世界が滅びなくなった代わりに、今度はサロメが壊れてしまう」
「どういう、意味ですか」
「決まっておるじゃろう。トモエ、お前が消えてしまうからじゃよ」
……聞いた瞬間、僕は息を呑み、そして胸の奥につっかえていた異物が落ちたような気がした。
きっと、僕はどこかで、加減を知らず際限なく愛してしまう自分を、止めて欲しかったのだろう。この言葉を、誰かに言って欲しかったんだって、ようやく気付くことが出来た。
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