恋愛の30.5 不安(サロメ視点)
× × ×
最後に果ててから、幾ばくかの時間が経った頃、冷静になった私は自分の血が付いたベッドのシーツを見て、一人でもだえ苦しんでいた。
自分が、あんなにも乱れるだなんて、思ってもいなかった。それに、私の方が年上なのだから、少しくらいは甘えてくるのだろうか、などと考えていた。そうしたら、ちょっとだけリードしてあげて、何か一つくらいは冗談を言ってやろうかなんて。
……甘かった。トモエは、そんな隙など、少しも与えてくれなかった。それどころか。
――サロメ、大好きだ。
「うぅ、ズルい……」
だが、トモエが何度も果ててしまう私を受け入れて、優しくするその度に、次々と欲望が湧きだしてきてしまったのは事実だ。男を嫌った私が、あろうことか男に身を委ねる事に安心感すら覚えて。
支配されている事実に、幸せを感じてしまったのだ。
「だ、大体、あいつはだな」
自分でも、誰に向けた言葉なのかが分からない。おまけに、悪態の一つも浮かんでこない。そんな自分が、本当に不思議でならなかった。
トモエは、恋愛とは「自分の為に、相手を幸せにする事」と言った。しかし、私の中にある想いは、それとは全く違う形をしている。もっと不明瞭で、目的めいたモノなど秘めていない。ただ、傍に居たくて、触れたくて、叶わない事すら愛おしい、そんな感情。
……もう、認めるしかない。私は、トモエの事を愛してしまっているのだ。
そう思うと、途端に彼の顔を見たくなってしまった。少し風にあたってくると言っていたが、一体いつまで涼んでいるというのだろう。
これでは、私が迎えに行くしかないではないか。
服を着て、おぼつかない足取りでゆっくりと歩く。未だに、腰がふわふわと変な感覚に陥っている。船も揺れているモノだから、不安定さは更に増している。
壁を伝って、一つずつ階段を上っていくと、段々と慣れて来たのか、甲板へ着くころには余程マシになっていた。少しだけ切らせた息を整えて船尾の方を見ると、トモエは手すりに寄りかかって、ぼぅっと月を眺めていた。
「ともえ、……っ?」
名前を呼んだ瞬間、私は自分の目を疑ってしまった。何故なら、見上げて憂うようなトモエの体を、月の光が通り過ぎていたからだ。
その時、私は思い出してしまった。トモエが、異世界から来ていると言う事を。
瞬間、目を伏せて息を呑む。心臓が、止まってしまうんじゃないかと思うくらいに、窮屈に締め付けられている。そして、先ほどまでの幸せになだれ込むように、不安が押し寄せて私を襲った。
遠い目の錯覚だと、思い込みたかった。しかし、私がトモエを見間違える事などあり得ないことを、私自身が一番よく分かっている。
……恐い。もしも、目を上げた時、そこにトモエが居なかったらと思うと、足がすくんで動けない。しかし、何度も大丈夫だと自分に言い聞かせて、恐る恐る足元へ視線を向けると。
甲板には、黒く濃い影が居てくれた。
「女王様、どうしたんですか?」
一体、私はどんな顔をしていたのだろう。気がづいてこちら向かってくるトモエの表情は、酷く心配していた。それを見ると、私は居ても立っても居られなくなってしまって。
だから、地面を蹴って、彼の胸に飛び込んだのだ。
「……大丈夫、どこへも行きませんよ」
嘘だ。トモエは、私が抱き着いた理由を分かって、無意識のうちにそう慰めてしまったのだ。つまり、トモエはもう、自分の異変に気が付いている。
いつから、知っていたのだ?ひょっとして、最初からずっと分かっていて、それで私に好きだと言い続けたのか?本当は何か別の目的があって、その為に私を
自分は、いつか必ず戻らない旅に出ると分かっていて、だったら、今までの言葉は全て嘘だったと言うのか?自分の世界へ帰るために、私を恋に落とそうとしていたのか?
嫌だ、嘘だと言ってくれ、トモエ。お願いだ……。
「信じてください」
「……っ」
思わず、体が震えてしまった。もしも、この言葉が嘘だったとすれば、私はきっと、恨むことすらできない。
「確かに、始まりは歪だったかもしれません。しかし、あなたを好きだと思う理由以外に、あなたを欲しがった理由などありません」
「……なら、信じさせてくれないか?」
背中に腕を回したまま、少しだけ離れて彼の顔を見上げた。こんな時でも、その笑顔は優しくて。
「……んっ」
キスは、私の全てを包んでくれた。それは確かに、私を心から愛してくれていると、そう信じられるキスだった。
……うそつき。
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