恋愛の28 懺悔
× × ×
「私は、お母様のようになりたかった。お母様のように強く、聡明で、暗闇の中でも民を率いる事の出来るような、そんな王になりたかったのだ」
「ご立派な考えです」
「……しかし、私にはそう出来るほどの力は無かった。だから、貴族に虐げられていた力のない女に権力を与えれば、少なくとも今よりは良くなるんじゃないかと。弱い者の立場から、国を平等にする為のアイデアをくれるんじゃないかと、そう思ってしまったのだ」
言って、女王様は自嘲気味に笑った。その表情が切なくて、僕は無念の込められた拳を開くように、自分の手を重ねた。
「……結果は、見ての通りだ。私の方法は、セリムと何も変わらなかったのだ。弱いと思っていた女たちは、次第に自分の力を傲慢に振るうようになっていった。だが、私自身男への恨みを募らせていて、彼女たちを律することも出来なかった。そして、作られたのは弱き者が平和に暮らせる国ではなく、女の為の国だ。貴族が、女に成り代わっただけ。……まったく、笑い草だ」
声は、強さを堪えていた。
きっと、その道が正しくない事を、本当はみんなどこかで分かっていたのだと思う。そんな罪の意識が心の片隅に残っていて、だから男娼と老人を追放しなかった。……いいや、出来なかったのだと思う。
自分より弱い者すら追放してしまえば、後に残るのは肥大化した自尊心と、二度と元に戻ることは無いという後悔だけ。それを知ってしまう事を、彼女たちは無自覚に自覚していたのだろう。
「私には、暴徒となってしまった兵たちを、負けて去っていく商人と貴族を、救ってやる事ができなかった。本当に、何も出来なかったのだ……っ」
「……教えてくれ、トモエ。私は、どこで間違えたのだ。お前には、分かっているのだろう?」
とうとう、女王様の目から涙が溢れ、僕の手に落ちた。弾けて散る雫は、溶けた氷のように温かかった。
「お母様に甘えなければよかったのか?お父様を信じればよかったのか?ゼノビアに服を与えなければよかったのか?ルーシーを見捨てればよかったのか?国を諦めればよかったのか?貴族を許せばよかったのか?それとも……っ」
塞き止めていたプライドが決壊して口を出た、洪水のような自分への
「女王様、あなたは間違ってなどいません。それに、まだ終わってもいません。ここから、国を建て直しましょう」
「だって、もう誰も帰ってこないのだ。私は、どうしたらいいか……」
この想いが、やがて引き起こされる戦争の引き金なのだと、僕は理解した。つまり、この気持ちを受け止めて、終わらせる事こそが僕の役目であるのだろう。
ならば、いつも通り。ドラマチックでも、ヒロイックでもなく。ただ、やれなければならない事を、地味に、確実にやるだけだ。
「その為の僕です。大丈夫、手は打ってありますよ」
「手って……」
「新たに建設予定の、工業区域。そこに、外国の企業を参入させるのです。もちろん、一度にたくさん連れて来ては国民たちが不信感を抱くでしょうから、先に布石を置くのです。キーワードは、ペーパームーン雑貨店の二号店、ですよ」
一瞬の静寂。
「……ふふっ。またお前は、そうやって勿体ぶるのだな」
まだ涙の光る目を細めたから、目じりをそっと拭っても、彼女はもう言い訳をしなかった。
「女王様は、疲れてしまったんです。だから、次の機会が来るまで休んで、一度リセットしましょう。それくらい、国民たちは待ってくれますよ」
そう言って、彼女の手を取ったまま、今度は立ち上がる。
「……うん。トモエ、私を連れて行ってくれ」
小さく口にしたその表情は、確かに笑っていて、再び二人が重なったように見えた。
× × ×
「……ところで、なぜドレスなのだ?」
「ファジー島への一般人の入場は、禁止されているからです。ですから、女王様は僕のお客様のご令嬢として一緒に入るのです。服装は、それらしい恰好をしてもらっただけ、という訳ですよ」
「まったく、私は幾つ罪を重ねればいいのだ」
実は、正解は半分だけ。もう半分は、僕が見たかったからだ。
あの日から一ヶ月、僕はようやく予定の開いた女王様とエイバーから船に乗り、『サマーフロート』と言う港街で別の船を待っていた。リヒターさんからもらったのは、このサマーフロートから出ている連絡船のシークレットチケットだったからだ。船は暗くなってからにのみ出航する為、現在は海沿いのカフェで早めの夕食を摂っている。
「よく、似合ってますよ」
「何度もうるさいな……。それに、動きにくくてかなわん」
女王様が着ているのは、所謂ゴシックのクラシカルなドレスではなく、青く白いシルクのペチコートに、オフショルダーの白いマキシドレスといったスタイルのモノだ。
ふんわりと垂れた袖周りと、少し広めに開かれた背中が特徴で、女王様の要望により胴回りが通常の物よりも更にスッキリと作られている。白い肌と栗色の髪が、より一層ドレスの気品を増しているように見えた。
綺麗だ。
「しかし、お前の口八丁には舌を巻いたよ。よくもまぁ、あれだけポンポンと嘘が思いつくものだ」
女王様を連れ出した理由の真相を知っているのは、ゼノビアさんだけ。表向きには、今度のビジネスには王同士の関係が絡む為力を貸してもらっている、と言う事になっている。警備が付いていないのも、元々他国に顔を知られていない女王様であれば、むしろいない方が安全だと説得したから。まぁ、他にも色々だ。
「嫌いになりましたか?」
「いいや、トモエはここまで生き残ってきたのだ。一筋縄ではいかない奴であることくらい、分かっているよ」
それに、彼女自身ひまわり畑を見たかったのだろう。僕があの手この手の搦め手を回している時も、何も言わなかったのだから。
「……女王様、海はどうですか?」
「思っていたよりも、ずっといいモノだ。揺れる水面を見ていると、心が落ち着いてくる」
そう言って、小さな船の浮かぶオレンジ色の海を眺めてから、女王様はエビとアボカドのサンドイッチを頬張った。どうやら、サンドイッチはかなり気に入ったようで、既に一度おかわりをしている。
「ここ数年は食べられなかったからな。エビの食感は、本当に好きだ」
「何よりです。それに、このソースは地元でもかなり愛されているようですよ。言わば、サマーフロートのソウルフードですね」
「いつの間に調べたのだ」
「先ほど、店員さんに聞きました」
「どうせ、また商売の事を考えているのだろう?」
「バレましたか。まぁ、先日伝えた布石の為、と言ったところでしょうか」
聞いて、女王様は呆れたように笑った。
やがて、辺りは暗くなり、浮かぶ灯りが増えてきた頃、港の端にこっそりと現れた連絡船がタラップを降ろした。
「行きましょうか、女王様」
お忍びにはおあつらえ向きな、小さめの船だ。逃避行のような旅に少しだけ心を躍らせて女王様に手を伸ばすと、彼女は指先だけ僕の手に触れたから、軽く繋いでゆっくりと船へと乗り込んだのだった。
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