恋愛の27 三年前のあの日②

「何をしている、貴様らッ!」



 番兵たちは、姫であるサロメを見ても顔色を変えなかった。それどころか、まるで犯せる女が増えた事に喜ぶように気味の悪い笑みを浮かべると、首をゴキゴキと鳴らして舌なめずりをしている。



「ゼノビア、やれ」

「分かりました」



 戦闘は、一瞬だった。ゼノビアは腰のホルダーから短剣抜いて番兵の足に投げて突き刺すと、怯んだ隙をついて真っすぐの槍を奪い、棒術の要領で中央を持ち、宙で体を捻りながら柄で二人を薙ぎ倒した。今度は、少女の近くに立つ番兵の魔法を察知して、走りざまに槍を投げて動きを阻害し、最後に火線を放って体を焼いた。



「どこを見ている」



 呆気にとられた残りの兵を、サロメも剣と火を以て圧倒。気を失い倒れる直前に「役立たずが」と捨て台詞を吐いたのを、サロメは聞き逃さなかった。



「これが、この国の男か。こんな者たちの為に、私は……」



 国を棄てた商人を知り、暴徒と化した兵を見て、思わず口を出た言葉。

 しかし、想いをかき消すように頭を振ると、すぐさま身動きの取れない少女の元へ駆けよって、その身を抱き寄せて自分の上着を被せた。



「ひめ、さま」

「ルーシー・カルチェラタンだな。安心しろ、私が保護をする」

「……ひっ、姫様。私の父が、……ひっ、とんでもない事を……っ」

「今はお前の身を守る事が先だ。ゼノビア、一度城に……」



 しかし、少女、ルーシーは言葉を止めなかった。大粒の涙を流しながら、サロメの腕にしがみ付いて身を起こすと、真っ直ぐに見据えて言葉を口にした。



「国王様を襲ったドラゴンは……っ、私の父が呼んだのです」

「なに?」



 反応したのは、ゼノビアだった。



「昨日、父が誰かと話していたのを聞いてしまったのです。タフレインという国の賢者様が、ドラゴンを召喚したと。それが成功したのは、全て自分の功績であると……っ」



 ……ユリウスたちが旅へ出たのは、収集のつかなくなってしまった戦いに終止符を打つために、同じ賢者のいるタフレインに仲を取り持ってもらおうと考えての事だった。彼は、それが絶対の禁忌であると知りながら、自分の立場を他国の王よりも下に置いて、自分の身と引き換えにクレオを救おうと考えていたのだ。



 しかし、貴族派は勝利だけを考えていたからか、強欲さによりセリムがその一歩上を行った。



 本来であれば、世界のが崩れかねない場合を除き、賢者は地上の世界に干渉をしない。故に、この世界のは保たれている。

 しかし、プリモネがかわいいモノが好きな賢者であるように、タフレインの賢者は、この世界で最も金が好きな男であった。

 興味があるのは、有象無象の金ではなく、この世の全てを手に入れる事の出来る程の金。額は、大金の遥か上を行くモノだ。

 そのことを、青年期にタフレインからポリティクス・アカデミーへ来ていた留学生に知らされていたセリムは、カルチェラタンの300年の貯えに加え、更に仲間に引き入れた貴族たちと莫大な金をかき集めた。

 そして、ユリウスが動くタイミングを見計らい、積めば上の見えなくなるような金を以て、賢者へドラゴンを召喚するように依頼したのだ。



 賢者が人を殺すなど、誰も考えるはずがない。故に、この事件は闇に葬られるはずだったのだ。



 しかし、勝ちを確信したその傲慢さと油断は、その後のクレオの在り方を決定づける大きな原因となってしまった。娘である、ルーシー・カルチェラタンの手によって。



「私、バカだから、戦争の事なんて何も知らなくて。今まで、ずっと平和だと思って……、過ごしてきました……っ。けど、そんな事は無かったんだって……。だから、これだけは姫様に伝えなきゃって、そう思ったんです。本当に、もうしわ、け……」



 ルーシーは、最後まで想いを言葉にすることが出来なかった。何も知らずに、何一つ不自由も無く生きて来た事を恥じて。

 悔しくて、声も出なかったからだ。



「……ゼノビア、レッドルビーマウンテンへ行こう」

「プリモネ様に、会いに行くのですか?」

「あぁ、向こうは賢者を出してきたのだ。こうなっては、他に方法がない」

「しかし、タフレインの賢者はイレギュラーです。プリモネ様が、私達の話を聞いてくれるとは……」

「ゼノビア。もうこの国は、戻れない所まで来てしまっている。私たちが前に進む為には、彼女の力が必要だ」

「サロメ様……」

「ルーシー、傷が痛むだろうが、兵のいる城の中にお前を一人では置いておけん。私が背負うから、一緒に来い」

「もちろん、です。……それに、私はもう、家には帰れないでしょうから」



 聞いて、サロメはルーシーの体を背負い、愛馬のもとへ向かおうと立ち上がった。



「……サロメ様。私は、あなたの腕です。彼女をこちらへ」

「ありがとう、ゼノビア。心強いぞ」



 こうして、三人は賢者プリモネの元へ向かったのだった。



 ……。



 代わる代わるにルーシーを背負い、三人はとうとうプリモネの住むレッドルビー・マウンテンの頂上へと辿り着いた。

 そこにある、周囲の風景とはあまりに不釣り合いなお菓子の家の扉を叩くと、中からは間延びした返事が聞こえる。そして、サロメが返事するよりも先に、緩いピンク色の髪を二つに結び、半分目を閉じた女が現れた。



「誰ですかぁ?」

「サロメ・K・ヴァレンタインハート。国王ユリウスの娘だ」

「あれぇ、姫様ですかぁ。失礼いたしましたぁ。プレモネ様ぁ、なんか姫様来てますけどぉ?」



 呼びながら、彼女は部屋の中へと戻っていく。そして、数分もしないうちに女が黒いローブを羽織った、目の丸く幼い子供を連れて戻ってきた。彼女の髪もピンク色で、腰まで長くところどころ跳ねている。



「……その怪我は?」

「クレオの兵にやられた。彼女は、カルチェラタンの娘だ」

「ふむ、どれ。……肋骨が折れてるのぉ。カテリーナ、ソファのお菓子を片付けておいてくれ」

「分かりましたぁ」



 言うと、その幼女、もとい賢者プリモネは、家の中へ三人を誘う。そして、案内された部屋のピンク色のソファにルーシーを寝かせると、手当ての魔法を唱えた。



「ほい、これで元通りじゃ。じきに熱も下がるじゃろう」



 プリモネは、サロメとゼノビアでは応急手当しか出来なかったの怪我を、一瞬で完治させてしまった。しかし、頭を使ったからか、テーブルの上のホットチョコレートを飲むと、続けてマシュマロを二つ頬張った。



「ありがとう」

「気にするな。それに、お主らがここを訪れたのは、別の理由じゃろう?」

「……そうだ、単刀直入に言うが。たった一言、私の仲間になると言ってくれないだろうか」

「なんの為に?」



 その短い言葉一つで、部屋の中に緊張が走る。ゼノビアは腰のナイフに手を当てて構え身を引き、弟子のカテリーナは「やめてくださいよぉ」と呟いて部屋の隅で丸くなった。しかし、その眼光を直接受けたサロメだけは、倒れそうな意識を必死に保って、真っ直ぐとプリモネを見据えた。



「今ここにあるものを、救う為に」

「……まったく、クレオラインと同じことを言いおって」



 プリモネは、どこか遠い場所を見てそう言った。何かを思い出しているのか、ソファに座ってチョコレートを舐めると、しばらくの間何も言わなかった。しかし、やがて。



「いいじゃろ。どちらにせよ、ボルトベッドにはケジメを取らせねばならん。わしを奴の所へ連れて行くことを条件に、5年だけ仲間になってやろう」



 ボルトヘッドとは、タフレインの賢者の名前だ。

 そして、それを聞いたサロメは安堵によってよろめき、ゼノビアが支える形でなんとか立ち続けた。



「ケジメとは、何をするのでしょうか」



 ゼノビアは、恐る恐る尋ねると。



「賢者の誓いを破り、わしを表に引きずり出すきっかけを作ったのじゃ。まぁ、八兆年程地獄を見せるくらいじゃの」



 そう、見た目通りの幼い笑顔で言った。



「……本当に、感謝する」

「よい。ところで、お主はわしに何をくれるのじゃ?まさか、ただでやらせようだなんて、思っておらぬよな?」



 言われ、サロメはポケットの中に入っていた1ゴールド硬貨を、迷いなく手渡した。これが、国を奪われたヴァレンタインハート家に残された、正真正銘最後の金だ。



「今は、これしかない」



 それを見たプリモネは、突然狂ったように笑い出した。



「ほっほっほ!まさか、こんなところまでクレオラインと同じとはな!お主、あの女の血が濃いのぉ!」



 そして、この日。これまで絶対不可能とされていた賢者の戦力化が、世界で初めて実践された。その為、内陸の小国であるクレオは瞬く間に世界トップの軍事力を手にすることとなったのだ。



 しかし、何故女であるプリモネが、女であるクレオラインを思ってサロメの仲間になったのか、本当の理由は誰も知らなかった。



 ……。



「サロメ様、よろしいのですね?」

「あぁ、覚悟は出来ている。それよりも、ゼノビア、ルーシー。お前たちこそ、本当に私で良いのか?」

「もちろんです。元より、シャーロット様に救われたあの日から、私はあなたのモノです」

「私も、もう家には帰れません。それに、この命は二人に貰ったモノですからっ!」



 元気な返事に戸惑いながらも、サロメは膝をついてルーシーの手を握った。



「お前は、まだ13歳だ。人生を決めるには、早すぎるだろう」

「ううん。私には、二人もお姉ちゃんがいるもの。大丈夫だよ」



 言って、ニコリと微笑むルーシー。その健気な姿を見て、サロメは一度だけ、強く彼女を抱きしめた。



「そうか、分かったよ。……では、行ってくる」



 呟き、サロメは城門を出ると、この国最後の民たちにユリウスの死を伝えた。そして、沈んだ国民たちへ向けて。  



「だが、私に涙などない」



 そう、強く言い放ったのだ。

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