恋愛の26 三年前のあの日①
× × ×
「お母様、体の具合は大丈夫?」
「大丈夫よ。最近は調子がいいの。きっと、もう少しでよくなるわ」
「本当!?そしたら、一緒にお出かけしようね!」
「えぇ、約束」
そして、二人は小指を結んで笑った。
その日も、サロメはいつものように、ベッドへ横たわるシャーロットの傍らに一人で座っていた。父は外国の病院を探し、兄は貴族の革命による国家転覆を阻止するための内戦に参加しているからだ。
この時、兄のアドニスは12歳。しかし、その父を超える戦略家としての才能を発揮し、内戦の前線にて指揮を
無論、サロメにはそんな事など知らされておらず、城から出る事も許されていない。だからこそ、彼らがシャーロットを心配していないのだと、子供心に不信感を抱いていたのだ。
そんな時だった。二人の居る病室に、一人の
「お母様!」
「騒ぐな。大きな声を出せば、こいつの首を掻っ切る」
賊は、サロメが
「お前、こいつを殺されたくなければ金と食い物を持ってこい。今すぐにだ」
「サロメ、客室に幾つかの宝石とお菓子があるから、それを持って来て上げて。後、あなたのお洋服も貸してあげなさい」
言われ、サロメは首を縦に振ると、一目散に部屋を出て駆けて行った。
「服なんて、頼んでいない」
「あなた、女の子でしょう?ちゃんとした服を着なきゃダメよ」
「何を言っている。それに、あいつが兵士を呼んで来たらお前を殺す。本気だぞ」
「大丈夫、サロメはそんな事はしないわ。……ねぇ、お菓子が来るまで、少しお話をしない?」
「そんな事する訳が……」
賊が言葉を否定しようとした瞬間、シャーロットは首元の刃を素手で握りしめた。
「な……っ!?」
「安心して、私はあなたの敵じゃないから」
そして、ニコリと、いつもサロメに向ける優しい笑顔を浮かべる。布団には、赤い雫がポタリポタリと垂れて、それでもシャーロットは笑顔を絶やさなかった。
「敵じゃないだと!?私の母は、お前たち王族が殺したんじゃないか!」
「あなた、モアナの」
「そうだ。私の母は、奴隷だからと言って病院に入れてもらえず、路上で私を産んで死んだんだ!」
「……あなた、シルビアの娘なのね」
その言葉を聞いた賊は、手に持っていたナイフを手放して、後ずさってしまった。シャーロットは、手元に置いてあったナプキンで血を拭くと、もう一つのナプキンを手に巻いて彼女を見た。
「な、何故知っている!?」
「その目、シルビアにそっくりだもの。……ごめんなさい、私がもっと強ければ、あなたのお母さんも助けてあげられたのに」
「何を言って……」
すると、今度は体を起こして後ずさった賊に向けて手を伸ばし、やせ細った賊の体を抱き寄せて。
「私も、モアナの奴隷なの。だから、ここから動けないのを許してくれる?」
「やめ……っ」
血の出ていない左手で、頭を優しく撫でた。賊は、その手を振り払う事が出来なかった。何故なら、生まれを知ったことで、シャーロットの寿命がもう長くないことを分かってしまったからだ。
「本当に、ごめんなさい。私だけが、こうして長く生き延びたのに。結局、国の為に何も出来なかったの。……ごめんなさい」
「あ、謝るなんて、卑怯だ。だったら、私はどうして……っ」
そして、賊は泣いた。幾つもの夜を乗り越えて来た感情が、その言葉一つで溢れ出してしまったのだ。生きる為に汚してきたその手は、いつの間にかシャーロットを掴んで震えていた。
やがて、言われた通りの物資を抱えて戻って来たサロメは、シャーロットに縋り膝をついて涙を流す賊の姿を見ると、戸棚にバスケットを置いて二人の元へ歩き。
「……お姉ちゃん、大丈夫?」
持って来た上着を、震える背中に優しく掛けたのだ。これが、サロメとゼノビアの出会いだった。
それからは、賊はシャーロットからゼノビア、という名前を受け、サロメの近衛兵として軍に所属する事となった。それに恩義を感じたゼノビアは、シャーロット以外に信じる者のいないサロメの良き姉として、今後を共にする事となったのだ。
月日は流れ、シャーロットは病床で、サロメとゼノビアに見守られながら息を引き取った。その事実により、サロメは父と兄への恨みを更に強く持つ事となった。
しかし、ユリウスの父であるガイウスは、失意を憂う時間も与えずに、国の存亡を掛けてサロメに厳しい教育を施した。彼が理由をサロメに語らなかったのは、恨みこそ力となる、と言う戦場に身を置き続けた自分なりの持論があったからなのかもしれない。例え、その対象が自分であったとしても。
「ゼノビア。何故お父様は、私を城の外へ出さないのだろう」
「私には分かりませんが、きっとユリウス国王様にも何かお考えがあるのでしょう」
「そうだろうか。今では、爺よりも私の方が知識も実力も上だ。それに、水面下での戦争は、もう10年にも及ぶと言うではないか。ならば、私も立ち上がり民の為に戦うべきだ。……きっと、お父様は私を女だと侮っているのだろう」
「……サロメ様」
呟き、ゼノビアは顔を伏せた。彼女の努力を、誰よりも近い場所で見て来たからだ。
サロメは23歳になっていたが、思春期の全てを勉学と鍛錬に費やした結果、男への不信感だけが募ってしまっていた。だから、成長しても信じられる者をシャーロットからゼノビアに変えただけであった。そんな状況では、当然新たな力が育まれる事も無く、長い時間を経ても、正統なヴァレンタインハートの才能だけを所有する女となってしまったのだ。
……そして、遂にその日はやって来た。
「お父様が、死んだ?」
「はい、西の国、『タフレイン』へ向かう途中、ユリウス様の一行を、どこからともなく現れたドラゴンが襲ったのです」
「バカな、そんな場所でドラゴンが人を襲うモノか。あれは、『グレイブヤード』にしか生息していないのだぞ」
グレイブヤードとは、この世界の最北端に位置する、魔法を極めた生物だけが息をすることの出来る場所。見つかるはずのない、真理のその先の
そこに住むのは、賢者を越え、
「しかし、近隣の目撃情報からも、それは明らかな事です。ドラゴンは、国王様たちだけでなく、怒りで我を忘れたように辺りを焼き払い、そしてグレイブヤードへ帰って行ったと報告されています」
「……この際、真相を明らかにするのは後回しだ。今、私がやらなければならないことは、国民たちを貴族から守る事だろう。ゼノビア、街へ向かうぞ」
「それなのですが、サロメ様」
言って、ゼノビアは唇を噛みしめてから、伝える決意をしてサロメの目を見た。
「ユリウス様が亡くなった事を知った商人を含む王国派の多くは、既にクレオを去っていきました」
「なん、だと?」
これまで、ユリウスの人望に惹かれて国を守る戦いを続けていた国民たちは、王とそれを支えるクレオ騎士団の壊滅に絶望し、自ら命を絶つか、あるいは他国への亡命を果たしてしまったのだ。
結果、ユリウスが亡くなって僅か三日の間に、ホワイトダイヤ・パレスとグリーンエメラルド・アベニューを貴族派が占領。国の心臓と頭脳を手中に収めた事で、セリム・
「……私には、何も出来ないと言うのか」
今までに費やした時間が無駄であったと思い知らされ、それでも何もすることの出来ない自分に苛立ち、サロメは壁に拳を叩きつけた。血が出て、息は切れ、動悸が激しくなっていくが、だからと言って状況が変わらない事など、彼女が一番よく分かっている。しかし、どうすればいいのかが分からずに、遂には膝をついて、シャーロットの絵画に祈る事しか出来なかった。
「お母様……っ」
……失意の中、それでも抗う為の術を探して、二人は城の外へ出た。いつもであれば、サロメの動きを止める兵たちも今では戦う気力を失い、彼女たちが城の外へ出る姿を見ても、身動き一つ取らなかった。
庭園を抜けて、城門へたどり着いた。すると、そこには四人の番兵に囲まれて傷だらけになった、年端も行かぬ一人の少女が居た。
「お願いです。……姫様に、サロメ様に会わせてください!」
「ふざけた事を抜かしてんじゃねえッ!お前の父親のせいで、この国は終わっちまったんだぞ!俺たちはこれから、どうすりゃいいってんだよッ!」
言って、番兵は少女に思い切り蹴りを入れる。すると、その少女はうめき声をあげて宙を舞い、壁に激突して咳き込んだ。
「おねがい……します。姫様に……」
泣きながら懇願する姿を見て、番兵たちは笑った。
彼らは、敗戦によって精神を病んでしまったのだろう。一人は近寄ると、既にズタボロになっている服を引き裂いて、少女の体を露わにした。しかし、その光景を目の当たりにしたサロメは、怒りのあまりに護身用に携えていた細い剣を抜き素早く駆け寄ると、それを連中の一人の眼前に向けた。
敵の娘。そんな事は、サロメにも分かっている。しかし、眼の前で傷付けられているの女を見捨ててメリットを手に出来るほど、彼女は大人ではなかった。
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