恋愛の24 理由
× × ×
ニューケムランドへ渡ってから二週間程経った頃、折角覚えた文字を使いたくて女王様へ手紙を出したのだけれど、考えてみればクレオの郵便局は国内専用だ。数少ない運営が続いている機関だから、すっかり忘れてしまっていた。今日の今日までその事実を忘れてが、果たしてあれはどうなってしまうのだろうか。
仕事を終えて、無理やり遺跡を見に行った日の夜。僕たちはホークウッド号に乗ってヘイアンステイツを目指していた。クレオに戻るのは、予定よりも少し早くなりそうだ。
「終わってみれば、すっかり大成功でござんすねぇ」
「ありがたい事です。これで、僕も女王様へ顔向け出来ると言うモノですよ」
「ほんに、主さんは一途だぇ。聞いてるわっちも、なんだか妬けてきてしまうでありんす」
「そんな、スミレさんはどこからも引く手あまたでしょう」
それどころか、彼女は自分の魅力が何であるかをしっかりと理解している。その証拠に、僕が苦労して獲得した価格を、煙管の煙一つで幾つも手に入れてしまっていたのだから。
「なら、その引く手の先に、主さんも一つ伸ばしてみてはどうでありんすか?」
「恐れ多いですよ。それに、僕の手は二つしかないのです」
「……うふふ、オツでありんすね」
そんな会話をして過ごす事数日、ヘイアンステイツの港町に着いた僕たちは一度ソージロさんの元へ顔を出してから、長い時間を掛けてクレオまで戻った。
「そんじゃな。次の旅も、時間があれば同行させてくれ」
「もちろん、必ず報告しますよ」
アグロさんは、僕の代わりにGO&Mカンパニーの規模拡大に努めてくれると言った。渡航の船の手配とは明らかに釣り合っていないお返しだけど、ここは素直に甘えておくことにしよう。
「前から思ってましたけど、アグロさんって社長なのに配達もこなして凄いですよね」
「当たり前だろ。後ろで踏ん反り返るのは、体が動かなくなってからでいい」
そう言って、荷物を降ろし終えると、僕の肩に手を置いてからエイバーへ帰って行った。本当に、頼りになる人だ。
時間はやはり朝方で、人の数は少ない。そんな中で僕は、持ち帰った荷物を広げて、新たに仕入れた商品を売り出す為のポップを作成していた。やっぱり、文字は覚えておいてよかったな。
作業が終わったのは、店を開く30分前。一息つく為に紅茶を淹れて、いつものように店のシャッターを開き、並べた商品の見栄えを確認しようとしたその時。そこには、自分の目を疑ってしまうような人物が立っていた。
「……ト、トモエ?」
「おや、女王様。おはようございます。こんな時間にお一人で、いったいどうなされたのですか?」
開かれた外側には、何故か女王様の姿。その手には、店番を頼む為にゼノビアさんに手渡した鍵を持っていて、僕の顔を見た瞬間にピタりと固まって動かなくなると、目線を動かした後に腕を抱いて俯いた。
「その、よく戻ったな。しかし、予定よりも早かったではないか」
質問したのは僕なのだけれど、この際気にする事でもないだろう。だから、船が速く進んだことで予定が縮まったのだと伝えた。
「そうだったか。えっとだな、私は国民が今どんな物を欲しているのか、それが知りたくてだな。メーテルも復調した事だから、三日前から朝の短い時間だけ、お前の店に立っていたのだ」
かと思えば、一巡遅れで僕の質問に答える女王様。
「そういう事でしたか。まさか、女王様自らの助力を頂けるとは思えませんでした。ありがとうございます」
「気にするな、国の為だ」
「……しかし、なぜ朝に?昼は執務があるでしょうが、夕方であれば忙しくもなく、より多く声を聞けるかと思いますが」
僕が夕方に花を届けに行っている通り、女王様はあの時間が一番余裕を持てる。
「……別に、良いではないか」
言って、抱いている腕に力を込める。その仕草が、とても愛おしく感じた。
「失礼致しました。ただ、それならお礼をしなければなりませんね。何か、僕にできることはありますでしょうか?」
「褒美とは、王は私なのだぞ。そんな事は」
「僕はただ、女王様に感謝の気持ちを伝えたいだけです。なにとぞ」
「……相変わらず、お前の言葉には変な説得力があるな。仕方ない、ならば」
呟くと、女王様は少しだけ考えるような素振りを見せて。
――海が、見たいな。
「……怜音?」
なぜか、僕を見上げて呟く女王様の姿が、あの日の怜音と重なった。性格は正反対で、生きている立場だって一つも同じではない。だけど、力が弱くて、想いが強い、そんな言葉。聞き間違えるはずもない、あの日と同じ言葉だったのだ。
「なんだ、それは。お前の世界の言葉か?」
「……失礼致しました、なんでもございません。しかし、なぜ海を?」
言い訳を考えることが出来ずに、僕は柄にも無くその理由だけを求めて、女王様に疑問を投げかけてしまう。
「……聞いても、笑うなよ?」
そして、女王様は僕の目を見た。
「最近、よく夢を見るのだ。その夢の中の私は、何故か見たこともない海を見たいと、強く願っている。まるで、命を焦がれるかのようにだ。それを、随分と頻繁に見るモノだから、お前に言われて思い出してしまったのだ」
瞬間、僕の感情が大きく揺さぶられた。だから、大きく鼓動する心臓に手を当てて、二人が重なった理由を考える。すると、その思考はすぐに、僕も見ている
「その時は、必ず……」
……そうか。
だから、僕だったんだ。
女王様が好きだ。僕は、サロメ・K・ヴァレンタインハート様が大好きだ。これだけは、ゆるぎない事実だ。
しかし、だからと言って怜音を忘れられた訳ではなかった。彼女を失ったあの日から、ただの一度も彼女を忘れた事は無かった。それが、隣にいる誰かの裏切りになると後悔すると感じて、一人で眠る夜を数えきれない程越えて来た。
だからこそ、僕が神様に恋愛を命じられた時、怜音が僕に「前へ進め」と言ってくれたような気がしていた。いつまでも縋り続ける僕に、知らない世界を教えてくれようとしていると。そう、思っていた。
でも、そうじゃなかった。怜音じゃない。
僕と、彼女と、生まれ変わった彼女の、全ての今を過去にする為の。
……世界が終わらせた恋を、僕が終わらせるための奇跡だったのだ。
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