恋愛の22 販売競合

「……なんか、凄く明るい街ですね」

「この街の通称は、眠らない場所、だからな。流石、急成長中の『ブロードバレー』だ」

「来るたび思いしんすが、わっちはもう少し暗い方が好みでありんすねぇ」



 港から少し離れたニューケムランドの商業地域。きらびやかな光の絶えないここら一体の地域の事を、ブロードバレーと呼ぶようだ。

 ブロードバレーには、ウグイス・ハウスが展開している事から分かるように、多くの観光スポットへアクセス出来る。南には、真っ白なビーチと海上のコテージ群。そして、国の北はほとんど未開拓の地域なようで、古代遺跡がそこら中にゴロゴロと転がっているとの事だ。



「時間があれば、見に行きたいですね」

「そうか?遺跡なんて、俺はもう見飽きたよ。スミレは?」

「わっちも、ヘイアンステイツには先人たちの墓やらやしろやらが散見されておりんすからね」



 錬金術によって、いつでもアーティファクトを再現できるこの世界の人たちは、あまり考古学に興味が無いようだ。二人が言うに、観光と言えばもっぱら食と新しい文化を巡る事らしい。

 ……いいよ、僕は一人で見に行くから。



 絶対に暇を作ってやると誓ってから街中をしばらく歩き、僕らはウグイス・ハウスに辿り着いた。スミレさんを先頭に中へ進み自動ドアが開かれた瞬間、突如どこか懐かしい香りが漂ったかと思えば。



「……凄い、これはまるで」



 少し暗めな内装の、高くなった床の下には木の葉を浮かべた水が張ってある。天井には、ぽつりぽつりと色とりどりのぼんぼりが浮かんでいて、アクセントの観葉植物も古木の盆栽に統一されていた。美しく雅なイメージのこの空間は、まさに古風な和の宮廷のようだ。



「うふふ、気に入ってくれたようで、何よりでありんす」



 ロビーから受付へ続く赤い橋を渡ると、待ち合わせ用のベンチに座る、陶器メーカー『クロックコレクション』の社長であるクロックさんが、立ち上がって僕の手を握った。



「お久しぶりです」

「トモエさん!今日は、本当にありがとう。こんな素晴らしいホテルに俺のカップを置いてもらえると思うと、ワクワクが止まらないよ!」



 クロックさんは、フランクな性格と陶器へ注ぐ情熱が熱い爽やかな好青年だ。彼とは、三ヶ月前のヘイアンステイツへの旅から帰る時に立ち寄った、港町のカフェで出会ったのだ。



「僕も、そう出来るように尽力します。彼女が、ウグイス・ハウスの社長であるスミレ・H・モルガンさん。そちらの男性が、GO&Mカンパニーの社長であるアグロヴァル・ダットロードさんです」

「どうも、本日はお時間頂きましてありがとうございます!よろしくお願いします!」



 そう言って、クロックさんは二人の手を握った。



「落ち着きなすって。今日は、わっちらも疲れておりんすから、まずは食事でもいたしんしょう」

「そうですね、クロックさんも一緒にどうですか?」

「いいの?ありがとう!」



 そして、僕の一ヶ月の戦いが始まった。まずは一つ、スミレさんにクロックコレクションのカップを売り込んで、初戦を勝利で飾る事を目指そう。



 × × ×



 ウグイス・ハウスの商談をまとめてからと言うモノの、毎日が交渉の連続だった。砂糖に拘るお菓子メーカー『サンディスナック』と大手販売店。熟練の老舗家具メーカー『ヒックル』と住宅建築家。エンターティナー養成所の『レッドベック・エージェンシー』と魔法雑技団だったりと、明らかに紅茶とは関係のない僕の専門外の仲介まで依頼されていたけれど、気が付けば全てが丸く収まるという、出来過ぎた結果を残すことが出来た。これもひとえに、アグロさんの顔の広さとソージロさんの企業力の賜物たまものだろう。



 そして、現在は最後の依頼である、植物の特殊魔法培養機構『フラーナップ』と、大人気薬品メーカー『クリア・ファニング』の商談の真っただ中。

 フラーナップが古代花の栽培復活に成功した為、抽出したそのエキスをC・ファニングへ売り込もうとしているのだ。



「現在、古代花のフレーバーを使用した石鹸と言うのは、世界でも類を見ません。これは、新たなビジネスの第一歩を踏みだす大きなチャンスだと言えるでしょう」

「うーむ。しかしね、トモエさん。我々は、別の場所からも新種の花の紹介を受けてるんだよ。だから、古代花、と言う売り文句だけではどうにも。何より、値段がね」



 C・ファニングの社長の感触は、今のところあまり良くない。フラーナップの研究員であるリヒターさんも、額に汗をかきながらデータと効能でなんとか魅力を伝えようとしているけれど、何ともバツの悪い事に、競合他社とそのラインナップが被ってしまっているのだ。このままでは、注文を取られてしまう。



 ……なら、少し視点を変えてみよう。



「煮詰まってしまいましたし、小休止と行きましょう。社長さんは、紅茶は好きですか?」

「あぁ、コーヒーの方が好きだったんだけどね、最近になってルーシー・ブレンドを飲んだもんで、紅茶も悪くないと思っているよ」

「そうですか、嬉しい限りです。……実はですね、弊社の新商品のPR用にお持ちした新しいフレーバーがここにありましてね。よかったら、一杯どうですか?」

「本当かい?なら、貰おうか」



 言われ、ルーシーさんの見様見真似で回すようにお湯を注ぐ。茶葉がふんわりと水中を舞ってからポットに蓋をすると、砂時計をひっくり返して社長に向き直った。彼の服装は、他の商人たちとは違うラフなリゾートスタイルだった。



「それにしても、社長さん。わざわざ遠くまでのご足労、ありがとうございます」

「いやなに、私もたまたま旅行中でね、そこのコテージに泊まっていたんだ。それに、ソージロ氏のメガネにかなう青年だと聞いて、あなたには興味があったんだよ」

「なんだか、照れてしまいますね。そうそう、北の古代遺跡は、もう見に行かれましたか?」

「遺跡?そんなモノに興味があるのかね」

「はい、とても。やはり、おかしいですかね?」



 言っておどけて見せると、社長は「酔狂な人だ」と笑った。

 これできっと、僕はピエロになれた筈だ。


―――――――――――――――――――――――――――――

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