恋愛の20.5 戸惑い(サロメ視点)

 × × ×



「……また、この夢か」



 最近、こんな夢をよく見る。私は何故か体が動かなくて、辺りからは言葉の意味の分からない喧騒が聞こえて。そして、目元の黒く塗りつぶされた誰かが、微笑みかけながら涙を流しているのだ。



 ……あまり、気分のいいモノではないな。



「サロメお姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、あぁ、ルーシーか。……すまない。少し、うたた寝していたみたいだ」

「最近、忙しそうだもんね。仕方ないよ」



 いつの間にか、執務室にルーシーが来ていたようだ。彼女は、一度私の腕に抱き着いて笑ってから、部屋の隅に置いてあるティーセットを手際よく広げた。

 その姿を見てから、目頭をつまんで意識を集中させると、再び地質調査の結果報告書に着手する。とはいえ、後は出来上がった物を確認するだけだ。



「はい、お姉ちゃん。今日は、いつもと違う配合を試してみてよ。自信作だよ~」



 ニコニコと笑いながらティーカップを机に置くと、ルーシーはトレーを抱えて私が口を付けるのを待った。



「……ほう、うまいな。これは、今までとは違う味わいで、中々いいではないか」



 それは、渋めなこげ茶色の、軽やかな甘さとは違うビターな風味をしていた。



「やったぁ!それじゃあ、トモエさんにも飲ませてあげないとね」

「なぜ、あいつが出てくるのだ」

「だって、新しい商品になるかもしれないでしょ?だから、次の旅に出る前に渡して、一緒に宣伝してきてもらおうと思ってるの。うっかり作り過ぎちゃった茶葉たちも、トモエさんのお蔭でほとんどなくなったからね!」



 最近、国民たちからトモエの名前を聞く事が増えた気がする。それどころか、昼食時にはペーパームーン雑貨店を話題にしているのを、城内で見かける事も多い。そして、初耳の者にはトモエが悪い奴ではないと口コミし、ならばと彼女たちは足を運ぶようになっているらしい。



 ……昨日の言葉を、思い出す。

 私がトモエに抱いているのは、期待、などと言うそんな矮小なモノではない事に、私自身とっくに気がついていた。しかし、これを形容する言葉がどうしても分からずに、今でもこうしてモヤモヤと思いつめているのだ。

 きっと、ときめき、と言うのが近いのだろうと思う。しかし、乗馬に出会った時とは温かさが異なるし、お母様が笑っていたのを見た時の安心感よりも刺激的だ。それに、ゼノビアやルーシーに抱いている気持ちとは違い、無くなってしまうかもしれない、と言う不安に襲われてしまう事もある。



 考えれば考える程、分からない。ただ、トモエが今度の旅にモルガン氏の他にダットロード氏を連れて行くと言った時、妙にほっとした気分になった。私は、一体奴に何を感じているのだろう。



 あいつは、私の男への価値観をことごとく裏切ってくる。それも、予想もしないような方法でだ。しかし、その度に話を聞きたくなってしまうのは、ある意味病気なのかもしれない。



 ……こんな具合に、時間が空くといつの間にか考えてしまうのも、本当に腹の立つ事だ。まったく、なぜ私がこんな目に合わなければならないのだ。



「……お姉ちゃん?」

「何でもない、少し考え事をしていただけだ」

「まだ、何も聞いてないよ?」



 不覚だ。まさか、ルーシーにまで惑わされるとは。それもこれも、全てトモエが悪いのだ。あんな、耳元で囁くように。



 ――愛していますよ。



「お姉ちゃん、顔赤いよ?」

「違う。これは紅茶が少し熱かったのだ」

「ホントかなぁ……。ひょっとして、トモエさんのこと考えてたの?」

「……なぜ、分かる」

「分かるよ。だって、お姉ちゃんがトモエさんのこと考えてる時、ちょっと嬉しそうだもん」



 しかし、その嬉しそうな理由は、ルーシーにも分からないようだ。「なんでなんだろうね?」と首を傾げる彼女が愛おしくて、だから私はその小さな体を抱きしめた。



「……疲れちゃったの?」

「そうかもしれないな。最近の私は、きっとどうかしてる」

「お疲れさま。いつもありがとうね、お姉ちゃん」



 この言葉に、何度救われてきただろうか。ゼノビアとルーシーが居なければ、私はきっと、自分の力で立っていることは出来なかったと思う。



「ねえ、トモエさんが旅立つ日、一緒にお見送りに行こうよ」

「私は、王なのだぞ。一人の民の為に、自分から動くことなど出来ない」

「ふぅん。じゃあ、私とゼノビアお姉ちゃんだけで行っちゃうよ?」

「む……」



 その言葉に、どうにも強く答えることが出来ない。歯痒くて、どうしようもない。



「前と同じで朝も早いんだし、誰も見てないと思うよ。大丈夫だよ」

「……まぁ、もし執務が終わっていれば、少しくらいは顔を見せてやろうか」

「その方がいいよ。残りの仕事、頑張ろうね」



 ルーシーの無邪気な言葉は、下手に弱みを突かれるよりも余程ものがある。こんな時に、ゼノビアが居てくれれば助けてもらえるのだが。



「それじゃ、私は研究に戻るね。ばいばい」

「わかった。ありがとう、ルーシー」

「うん!」



 そう言って、彼女は私の頬にキスをして、ティーセットを持ってから部屋を出て行った。



「……何か、理由を考えておかねばならないな」



 呟き、年鑑ねんかんを開いて予算の確認をした。



 終わっているから、別の仕事を無理やり探す。この行動自体が矛盾している事など、分かっているのだ。

 しかし、そうしていないとまたトモエの言葉を思い出してしまう。それに支配されてしまうかもしれないと思うと、とても恐ろしくて。



 少しだけ、幸せだった。


―――――――――――――――――――――――――――――

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