恋愛の20 旅立ちと記憶
× × ×
「……ですので、今度は南の海に向かう事となりました。今回の商談が取り纏まれば、工業区域の計画予算に大きな資金を投入出来るはずです。そうすれば、きっと他国からの移民も徐々に増加していくことでしょう」
神様の現れた一週間後、僕はアグロさん、スミレさんと共に旅に出る事を、女王様に伝えに来ていた。メーカーが見つかったと伝えたら、二人が同行したいと言ったからだ。
部屋の中には僕と女王様の他に、ゼノビアさんとルーシーさんしかいない。それが、神様の言う通りタイムリミットが遠のいたことを実感させてくれた。
「ふむ、新興企業か。確かに、今までにない形のカップだ。これは、目を惹く魅力があるな」
女王様は、僕の渡したメーカーカタログを眺めながら呟いた。
僕に仲介を依頼してくれた陶器メーカーの社長の出身地である『ニューケムランド』には、様々な新興企業があるようだ。事業内容は多岐に渡り、魔法を応用した遠距離連絡用端末の改良や、過去の遺跡から技術を発掘して複製する研究機関など、珍しい会社も多い。
あの国は、今までになかった新たな発想を持った若者たちの自分を試す場所として、世界各国から注目を集めているのだ。
「そして、今回の旅が無事に終われば、ペーパームーン雑貨店にも品物が増え、更に大きな影響を及ぼしてくれるでしょう。そうなれば、次は二号店を出店します。上手く行けば、クレオの国民たちの経済活動にも、より貢献出来ます」
現在、僕の
因みに、生きていく為のお金にも困らなくなったから、ペーパームーン雑貨店の売り上げも、ちょっぴりだけ値上げして全て国庫行きだ。
「そうやって、お金って動くんですね」
ルーシーさんは、紅茶を淹れながら呟いた。
「本来、個人の商売に国を介入させることはほとんど無いみたいですよ。なので、このシステムのノウハウを獲得できれば、クレオは政治面でも独自の発展を広げる事が出来るかもしれませんね」
すると、今度はゼノビアさんが優しく口を開いた。
「問題は、お前ほど献身的に働ける商人が他に居るかどうか、と言う点だがな」
「そうですね。……ならば、紅茶の営業公務員、なんて職業を新たに作りますか?なんて」
「誰が勤めるんだ、そんな職に」
言われ、僕は笑って頭を掻いた。それがきっちりと成立するなら、日本だってタバコをコンビニで売ったりはしないだろう。
現状、紅茶はペーパームーン雑貨店が国から一度買い取り、それから輸出している形となっている為、国営の農園から無料で仕入れている訳ではない。こうしなければ、色々と問題が起きてしまうからだ。
「トモエさんって、前の世界で何の仕事をやってたんですか?」
「ただの、営業サラリーマンですよ。仲介と売買、今とやっている事は何も変わりません」
言って、彼女の淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
「では、頼んだぞ。今回も期待している」
女王様が、カタログを畳んで言う。
「分かりました。期待、してくいれているんですね」
「……言葉の
「とても嬉しいです。必ずや、成果を出してみせます」
最後に頭を下げると、女王様は「よい」と言って僕の動きを制した。
「ところで、トモエ。その、今度の旅はどれくらいの期間になるのだ?」
「一ヶ月、と言ったところでしょうか。何しろ、参入した企業の内容を僕が理解する必要がありますから。中には、詐欺を考える人だっているでしょうしね」
「……一ヶ月か。……そうか、そうか」
その姿を見て、思わず近寄って抱きしめたくなってしまったが、僕は衝動をグッと堪えて笑った。
「安心してください。僕は女王様を……」
「それは言うな!その、軽々しく口にしてよい言葉ではないハズ……、だろう」
「……分かりました。しかし、忘れないでくださいね」
そして、僕は紅茶を飲み干すと、もう一度礼をしてから部屋を出て店へ戻ったのだった。
全ての作業を終わらせて眠りにつく前、ふと、女王様が見せた赤い顔を思い出した。あの人も、あんな人間臭い表情をする事が出来たのか。
凄く、かわいかったな。
× × ×
「
崩壊を免れた学校の体育館に並べられたベッドの上に、幼馴染の怜音は横たわっていた。
おじさんは、彼女は頭を強く打ってしまったのだと言っていた。だから、呼吸器を使って辛うじて生きている状態なのに、声を聞いて薄目を開けると、僕の姿を見て笑った。
「巴……。よかっ、た。無事、だったん……だね」
「喋らなくていいよ。疲れてるでしょ?」
「うん、ちょっと……ね。えへへ、こんな姿、恥ずかしい……な」
僕は、どんな姿であれ、彼女が生きてくれていた事が嬉しかった。
おじさんは、全員があの場で死んでしまう事だけは絶対にあり得てはいけなかったのだと、目を覚ました僕に言った。そんなおじさんに逆上して何度も胸を叩いたけれど、あの人は何一つ言い訳をせずに、ただ「ごめんな」と呟いて。だから僕は、生かしてもらったという現実を飲み込んで、泣き叫ぶことしか出来なかった。
「怜音のお父さん。今も、たくさんの人を助ける為に戦ってるんだ。凄いよね。僕には、何もできないのに」
「そんな事、ないよ。……わたしの傍に、いてくれてる……っ。いたい……っ!」
突然、怜音は苦しみだして、頭を抑えた。
「ど、どうしたの?怜音!頭が痛いの!?」
「……ごめん、ね。つい、こないだ、恋人になった……ばかり、なのに……」
突如、ベッドの横に置いてあるモニターから、容態の急変を知らせるアラートが鳴り響く。
「喋らないで!いま人を呼んで……」
言って、走り出そうとする僕の手を、彼女は掴んだ。
「一緒に……いてよ。最後に一人だなんて、寂しい……でしょ?」
「最後だなんて言うなよ!ダメだ、ダメだ怜音!」
涙が溢れて、怜音のベッドにポタポタと流れ落ちる。それを見て、彼女は再び笑った。
「ううん。……分かるの。もう、私は……」
きっと、手を振り払って医者を呼びに行くのが正しいんだと思う。でも、僕にはそれが出来なかった。
「泣いちゃダメだって、いつも言ってる、でしょ?しょうが……ないなぁ」
「嫌だ、嫌だよ、怜音……。だって、まだ貰ったチョコレートのお返しだって……」
「私、巴が泣いてるのを見て眠るの、嫌だよ……」
諭すように口にしたその言葉で、手足に痺れる感覚が訪れた。血の気が引いて、冷たく麻痺してしまっているのだろう。
でも、いつだって僕を助けてくれた彼女のお願いを、聞かない訳にはいかなかった。
だから。
「……うん、わかったよ。さ、怜音……っ、春休みは、どこに行きたい?」
「そう、だね。私、海が……見たいな」
「いつも、見てたじゃないか」
「そう、だけどさ。なんか、凄く海が……見たいんだ……」
「わかったよ。じゃあ、海へ行こう。約束だ」
言って、彼女の小指に僕の小指を絡めた。頭を抑える姿が痛々しくて、でも目を逸らす事は出来なかった。
「……巴。そこに、いる?」
「うん、いるよ。ずっと一緒だ」
「えへへ、よかった。……巴が、恋人になって、くれたし……、こんどはわたしが……たくさん、わがままを、いうんだ。いま……までの、おかえし……だよ」
「なんだって、聞いてあげるよ。大丈夫、僕が必ず幸せするから」
前が、見えなかった。けれど、僕は怜音が眠るまで、笑顔を絶やす訳にいかない。彼女に寂しい思いをさせる訳には、絶対にいかない。
「うれ……しい。……わたし、もし、うまれ……かわったら……。また、ともえと……こ、ぃ……」
甲高い電子音が、辺りに響く。僕は、静かに目を閉じた怜音を見て、それでも笑顔で居続けた。
「約束する。その時は必ず、怜音のところへ行くよ」
返事は、無かった。代わりに、優しく絡めた小指が、ゆっくりと
「……怜音、大好きだ」
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