恋愛の18 もう一つの武器

 × × ×



「こんな時間まで、本当にありがとうございました」



 プリモネ様が話のを結んだのは、日も暮れて山の麓が暗くなった頃だった。



「気にするな。わしも久しぶりに話が出来て、楽しかったぞ。ペーパームーン雑貨店にも、その内行ってみようかの」

「是非、お越しください。その時は、サービスしますよ」

「おぉ、本当か!なら、期待しておくとしようかのぉ」



 喜ぶ姿は、見た目通りの幼い子供のようだ。しかし、僕は彼女がこの世界を根底から覆しかねない力を持っている事を、本当の意味で知ってしまっている。そのギャップがあまりにも大きすぎて、未だにどう接すればいいのかが分からなかった。



「その、どうしてプリモネ様はそんなお姿を?600年も生きていると言うのに、衰えどころか成長もしていないように思えるのですが」

「そりゃお主、この方がかわいいからじゃよ。まぁ、わしは元から体躯も小さかったし、幼女の姿になったとて、さほど不便は感じんかったわい」

「……えっ?その言い方だと、まるで元は男だったかのように聞こえるのですが」

「そうじゃよ。他のみんなには内緒じゃぞ?」



 そう言って、彼女、じゃなかった。彼は、ウィンクをしながら人差し指を口に当てた。いきなりぶっこんでくるの、止めてもらっていいでしょうか……。



「口が裂けても言いません。ハイ」



 つまり、この人が僕の話を聞いてくれたのは、プレゼント云々ではなくて昔は男だったから、と言う事か。……色々と知りすぎて、何か頭が重たくなってきたような気がする。

 しかし、そんな僕を気にもせず、プリモネ様は思いついたように声を上げた。



「そうじゃ。お主、魔法を使ってみたくはないか?」

「そ、そうですね。無理だと割り切っていましたが、出来れば一度くらいは使ってみたいです」

「そうじゃろう、そうじゃろう。少し、待っておれ」



 すると、プリモネ様は一度家の中に戻ってから、その手に付箋程の小さな紙を持って戻って来た。



「……。……、…………」



 それは、僕には理解の出来ない言葉だった。



「プリモネ様、それは?」

「魔法を、この紙に閉じ込めたのじゃ。ほれ、出来たぞい。『一度きりの誘惑』じゃ」

「一度きりの、誘惑?」

「そうじゃ。これを破けば、対象の相手をどんな命令にも従わせることが出来るから、サロメにエッチな命令でもするとよい。ただし、気を付けよ。効果中の記憶が消える訳ではないぞい」

「それ、終わった後に確実に殺されますよね」

「ほっほっほ。まぁ、上手く使うのじゃ。マカロンのお礼じゃよ」



 言うと、彼はその小さな紙を僕に手渡した。受け取っても、何の変哲もない古い紙だ。



「あ、ひょっとして疑っておるな?わしゃ賢者じゃぞ!信じろっ!」

「別に疑ってないですよ。あんな話を聞いた後で、プリモネ様の言葉を信じないワケがないじゃないですか」

「そうか?なら、よい」



 そして、僕がその紙を鞄の中にある手帳に挟んでから頭を下げると、彼は再び無邪気に笑った。

 きっと、プリモネ様はこの姿で過ごすうちに、性格も幼い女の子に寄ってしまったのだろう。国民全員の名前を覚えていて、各国の思想や主義を多角的に分析し、僕には見えない粒子りゅうしから実物を錬金する、世界の存亡の鍵を握ったとんでもない天才の元おじさんだけど。



「それでは、店でお待ちしております。あ、このランタンに火を貰ってもいいですか?」

「なんじゃ、ちゃっかりしとるのぉ……。よし、気を付けるんじゃぞ」



 パジャマをひらひらと揺らしながら、彼は手を振る。その姿にもう一度深く頭を下げると、ランタンを手に持って長い山道を下った。

 ……麓には、登った時よりも随分と早く辿り着いた気がする。下り道だから実際早かったのだろうけど、それよりも考え事で頭の中がいっぱいで、集中していたから疲れも忘れていたと言った方が正しいと思う。



 麓からはバスに乗って、ホワイトダイヤ・パレスを目指した。バス停に着いた頃にはすっかり夜も更けていて、もぬけの殻となっている巨大な建物たちが不気味に思えた。



 ふと、王城の方を見る。ゼノビアさんは、今日も城門を守っているのだろうか。ルーシーさんは、紅茶の研究に没頭しているのだろうか。女王様は、突然現れた僕に国の形を変えられて、何を思うのだろうか。



「……花を、届けないと」



 呟き、僕は店へ戻ってから王城へ足を運んだ。城門にはゼノビアさんの姿は無く、代わりに以前宿直室にいた番兵がそこを守っている。



「よろしくお願いします」



 もし、初めて出会った番兵がゼノビアさんでなければ、どうなっていたのだろうと思う。今でこそ、誰に渡しても必ず女王様へ届けてもらえるようになったが、あの日、門を守っているのが違う人だったなら、きっとそうはならなかっただろう。そして、仮にその先に行くことが出来たとしても、ひまわりの香りを知っている事は無かっただろう。

 僕って、本当は運がいいのかもしれない。



 そんな事を考えて、いやいやと自分を否定してから、番兵に礼を言って門を後にする。そして、家に帰って定休日の張り紙をシャッターからがして、裏口から店の中へ入ろうとした。



「こんばんは、

「おや、テレサさん。こんばんは、こんな夜遅くにどうしたんですか?」



 扉を開けた時、後ろから声を掛けられたモノだから、僕は彼女の元へ歩み寄って立ち止まった。ひょっとして、何か困った事があったのだろうか。



「少し、お話がありまして。お店の中、入ってもいいでしょうか?」

「えぇ、もちろんです。片づけますので、少しだけ待っていてください」

「お構いなく。我は、気にしませんよ」



 そうは言っても、キッチンと店の間の廊下に布団を引いただけの汚い場所に、テレサさんを招き入れる訳にはいかない。早く片付けて、気の利いたお茶を淹れるとしよう。



 考えてポットに手を伸ばした時、不意に強烈な違和感を覚えた。



 果たして、彼女の一人称は、あんなだっただろうか。


―――――――――――――――――――――――――――――

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