恋愛の17 過去解明
「300年もの間、両家の関係は友情によって保たれていたのじゃが、ユリウスへ代替わりしてから事態が急変しての。きっかけは、カルチェラタン家の現当主であるセリムが、青年時代にソレロの『ポリティクス・アカデミー』へ留学したことじゃった」
アカデミーとは、この世界の高等教育機関の事だ。嘗てはクレオにもあったようだが、国民の減少に伴い閉鎖され、今ではホワイトダイヤ・パレスに建物だけが残ってしまっている。
「セリムさんは、選民思想に染まってしまったと言う事でしょうか」
「うむ。異文化に触れ、クレオとは違う思想の優と劣を学ぶの為の活動であった筈じゃが。高い志を持っていた分、反動も大きかったのじゃろう。一体、どこで間違えてしまったのやら」
言って、プリモネ様はため息を吐いた。
「次に両家の間に生じた亀裂は、シャーロットがユリウスへ嫁いだことじゃ。セリムの思想は、徹底的な貴族主義じゃったからな。少数の特権階級によって政治を決めようと考えるようになった奴にとって、これ以上に面白くないことはなかったのじゃろう」
「……しかし、亀裂と言う事は、その時点ではまだ決定的な仲違いを起こしていない、と言う事ですよね」
「そうじゃ。
言われ、僕は思い出した。この国には、何故か男娼がいる事。女王様と同じ歳頃の、苗字の無い女性たちがいる事。そして、シャーロット様が病気によって、早く亡くなられた事を。
「……まさか」
呟くと、プリモネ様は少しだけ目を丸くして僕を見た。
「流石、異世界から放り出されて生き残った事はあるの。どれ、申してみぃ」
「……ゼノビアさんや、マーガレットさん。そして他の苗字の無い方々は、解放された奴隷たちの子供なのではないでしょうか」
「見事、その通りじゃ。奴らは、言わば忌み子じゃな。奴らの母親たちは、奴隷として長い間悪い空気を吸い過ぎたせいで、肺を患ってしまっていての。しかし、その頃には既に水面下で行動を起こしていたセリムが、医者にまで思想を広げておった。だから、シャーロットを含めた全ての奴隷たちが、病院へ受け入れられる事も無く命を落としたのじゃ」
瞬間、僕はこの事件の全貌を理解した。つまり、ユリウス様がシャーロット様の病床に足を運べなかったのは。
「……奴は、外国で患者を受け入れてくれる病院を探しておったのじゃ。しかし、結果としては違ったんじゃが、
戦は、表立った激しい争いでなく、如何に駒を揃えて相手の裏をかこうかという情報戦であったようだ。
国民の支持を得て、軍と民間企業を抱えて防衛するユリウス国王様と、貴族の牛耳る施設に加え、圧倒的な財力を以て攻め立てるセリムさん。両者のバランスは、常にセリムさんがリードを取る形だったと、プリモネ様は言った。
「じゃあ、女王様が城内に幽閉されていたのは、貴族側への切り札としてだった、と言う事でしょうか」
「恐らくな。これまでのヴァレンタインハート家とは違った才能を身に着け、政治面から国を守れる人材に育てたかったのじゃろう。まぁ、残念ながらサロメも、優れていたのは戦と人望だったようじゃがの。全く、血は抗えんのう」
……ユリウス国王様は、最後を一体どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。300年を共にした相棒に裏切られ、自分の騎士団を救った英雄である妻を何も出来ずに失い、挙句守り抜いた娘にも恨まれて。そして、最後には。
「奴らをドラゴンが襲ったことで戦いは終結し、ヴァレンタインハートの血は闇に葬られる。そして、新たにセレムが絶対の王となり、クレオは完全無欠の貴族主義国家となる。その筈じゃった」
「そうです。いくら女王様が隠されていたからとはいえ、それだけでは一体なぜ今クレオを支配するのが彼女なのか、それに男性が居なくなってしまったのかが分かりません。最も知りたいのは、そこなのです」
訊くと、プリモネ様は立ち上がって、暖炉の火を眺めた。そして、どこかから1ゴールド硬貨を取り出して、振り返るとそれを僕に見せながら呟くように口にした。
「頼まれたんじゃよ。サロメと、ゼノビアと、ルーシーにな」
「な、なにを……」
言い淀んだのは、今から聞く言葉こそが、僕の運命の行き先を決定的なモノとする事を、心で理解したからだ。
でも、覚悟なら、ずっと前に決めてある。あの日見た三日月に、前に進むと誓っている。
……
「教えてください。女王様たちに、何を頼まれたのですか?」
そして、プリモネ様は頷くと、紅茶を口に含んでから長い時間を掛けて、全ての真相を話をしてくれたのだった。
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