恋愛の13 啓蒙の先触れ

 ……そして、夕方。僕は件のソージロさんから「エイバーに娘の迎えを寄越す」という連絡を受けた為、城へ赴きいつもの部屋へ向かうと。



「入室の許可などしていない!出て行け!」

「えぇ……」



 意味が分からずに漏れたその声を聞いて、扉を開いてくれたゼノビアさんは、「すまぬ」と呟いた。

 一体中で何を話していたんだろうか。まさか、僕はどこかで間違えた?



「いえ、きっとそうではありんせん」



 談話を終え、城を出てから郊外へ向かうバスを待つ途中、スミレさんは煙管を吹かしながら言った。



「そうではないと言いましても、なにか理由があるから怒る訳で」

「いえ、あん時わっちらが話していたのは、ウグイス・ハウスは主さんが欲しい、と言う事でありんした。主さんを男だからと言うもんで、ほんに要らんなら、是非主さんをわっちの元へ送ってくんなまし、と」

「それはダメですよ。僕は女王様を愛しています。他の誰に何をされようと、決して動きません」

「存じておりんすよ。それに、ほんの冗談のつもりにありんしたから、まさかあなに動揺するとは思いんせんした」



 カラカラと笑う彼女を見て、ならば何故僕が怒られたのかという疑問が生まれてしまったが、深読みしてぬか喜びをするのも嫌だったから、それ以上考えるのをやめた。



「スミレさんも、人が悪いですね」

「すいんせんねぇ。わっちも夜になり始めて、気分が良くなってしんした。悪気は……、少々ありんすね。うふふ」

「夜が好きなんですか?」

「好きというかさがというか、わっちの身体には、半分『物怪もののけ』の血が流れておりんすから、妙な心が働いてしんしたんですよ。かんらかんら」



 訊けば、彼女の母親が物怪という魔法とは別の不思議な存在であるらしく、夜になると抑制されている感情が表に出てしまうらしい。

 物怪は、かつ『怪異かいい』と呼ばれたヘイアンステイツのネイティブの末裔まつえいであり、歴史が始まるより前にはたくさんの種族がいたようだが、自由恋愛の末に統合されて物怪という一つの在り方となったようだ。



「ですから、こんな具合に」



 言って、指を宙に向けると、そこには魔法ではない青い炎が浮かんだ。確か、狐火というヤツだ。



「しかし、やはりどこかしらの特徴は残っていんして、わっちの場合は座敷童子ざしきわらしという怪異の色が濃いのでありんすよ。一体、どんな怪異だったんでありんすかねぇ」

「きっと、スミレさんと同じく悪戯好きだったのだと思いますよ」

「悪戯好き。ふふ、なんて愉快でありんしょう」



 そう言って、彼女は僕の頬を人差し指でつついた。

 もしも、彼女の言う座敷童子が僕の知るモノと同じならば、ここ最近の幸運は全て彼女のお陰だったのかもしれない。そんなことを考えて、僕たちは最終バスに乗り込んだ。



 × × ×



 翌日、早朝にクレオへ戻った僕は新しく舞い込んだ仲介の仕事の処理を行いつつ、ペーパームーン雑貨店を営業していた。



「トモエぇ、いますかぁ~?」



 昼を過ぎた頃。突然、間延びした特徴的な声が店内に響いた。



「いますよ。いらっしゃいませ、カテリーナさん」

「東の海に行ったっていってましたからぁ、何かいいのが入ったかなぁと思いましてぇ」

「そうですね、試験用にいくつか仕入れました。どうぞ。全て、一点物ですよ」

「へぇ~。なんかぁ、色とか結構かわいいですねぇ」



 彼女は、水風船の装飾のかんざしかえでの葉の耳飾りを見ながら、ゆらゆらと買い物を楽しんでいた。

 カテリーナさんには、所謂いわゆるインフルエンサー的な側面がある事に、僕は最近気付いていた。この人の買っていったアクセサリーは、中々評判になりやすいのだ。



「じゃあ~、この赤い葉っぱのヤツとぉ、なんかのたまがついてるヤツをください~」



 どうやら、最初に気に入った2つを買ってくれるようだ。ならば、どこかのタイミングで仕入れておくのがいいだろう。



「ありがとうございます。流石、お目が高いですね」

「普通にかわいいしぃ、このローブとも合いそうだしぃ」



 相変わらず、あのローブを着てくれている。きっと、これを作った職人も誇らしく思っているだろう。



「……そういえば、カテリーナさんってどうして錬金術師になったんですか?結構珍しいお仕事ですよね」



 それは、なんの変哲もない日常会話の筈だった。



「それはぁ、たまたま才能があってぇ。あとぉ、プリモネ様にも頼まれたしぃ。会社で働くのも嫌だったのでぇ」

「賢者様にですか。という事は、カテリーナさんは魔人なのですか?」

「ちょっとだけですけどねぇ。あたしにはぁ、マジもんを名乗る程の力はありませんよぉ。マジもんの魔人はぁ、なんか山とか地底とかに住んでてぇ、ずっと研究してる人たちですよぉ。賢者はぁ、その中でももっとやばい人たちですぅ」



 知能が高まりすぎて、人と話すのが嫌になってしまっているのだろうか。しかし、浮世離れした更に上の存在って、どれくらい頭がいいんだろう。僕には、想像もつかない。



「そうだったんですね。という事は、クレオの賢者様はレッドルビー・マウンテンにいらっしゃるのですか?」

「そうですよぉ。そういえばぁ、トモエは異世界人でしたっけぇ。あの人ぉ、600年くらい生きてるからぁ、昔のこととか知りたかったらぁ、教えてもらえると思いますよぉ」



 なんという天啓てんけいだろうか。これまで一切の情報が無かった賢者について、こんなにもあっさり知る事が出来るとは。

 どうやら、彼女は賢者プリモネ様の弟子であるらしく、魔人と天才の狭間に位置する実力であるらしい。二年前まではレッドルビー・マウンテンに住んでいて、実はどうしてこの国に男が居なくなってしまったのかをあまり分かっていなかったようだ。



「どうでもいいけどぉ、まぁそんな感じですよぉ。ただぁ、一番高いトコに住んでるのでぇ、登るの大変だと思いますよぉ。あとぉ、なんかかわいいの持ってったらぁ、多分喜びますよぉ」

「……賢者様なのに、雑貨に興味があるんですか?」

「えっとぉ、……まぁ、会えば分かりますよぉ。それじゃあ、あたしはこれでぇ」



 喋る事に疲れてしまったのか、彼女はこっくりと首を曲げて、ふらふらと自分のお店に帰って行った。

 しかし、雑貨好きの賢者様とは。僕が持っていたイメージとは大分かけ離れているけれど、弟子であるカテリーナさんがそう言うのなら間違いない筈だ。次の定休日までに、何を持っていくかを決めておくとしよう。


―――――――――――――――――――――――――――――

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