恋愛の12 異変

 旅の途中、東の国にて運送で使うためのガレオン船の下見で造船所へ足を運んだ時に、スミレさんは父親であるソージロ・モルガンさんと二人でそこに居た。



 ――まぁ、主さん。ひと月ぶりでありんすねぇ。

 ――あなたは、いつぞやのお客さん。お久しぶりです。

 ――わっちの事、覚えていたでありんすね。あの時の紅茶、父も絶賛していんした。



 そして、まるで井戸端会議をするかのように、その場で世界でも指折りの大企業の社長を紹介されてしまった。

 ソージロさんは、スミレさんから既に話を聞いて興味を持ってくれていたらしく、だから僕が彼の未開拓地であるクレオへのパイプとなり、手始めに銀の輸入から行うと言うと、差し出した手を握ってくれたのだ。



「あのガレオン船は、その先行投資だそうです。金持ちって、やっぱ考える事も行動力も半端じゃないですね」

「俺は、ソージロ・モルガンにその場で商談を仕掛けるお前の方が恐いよ」

「全て、偶然と成り行きですよ。それに、僕に出来る事は交渉くらいですから」

「……お前が恋愛に一途で、本当に良かった」



 わざとらしく笑うアグロさんに、僕も笑顔で返した。その後、到着するまで眠らなかったのは、またあの夢を見るのが嫌だったからだ。



 ……それから一時間、のどかな国道を走るとグリーンエメラルド・アベニューが見えてきた。それをスミレさんに伝えて起こすと、彼女は目を覚ましてからぼーっと街を眺めて、寝ぼけているのか「ほっけ」と呟いた。



 店の前に到着し、銀を下ろすとアグロさんは帰っていった。その際に、娘へのプレゼントの髪飾りと船の鍵を渡すと「俺、ガキの頃は船長になるのが夢だったんだ」と言って大はしゃぎしていたのが、この世界で初めて男の感覚を共有出来たようで、本当に嬉しかった。



「それでは、スミレさん。城へ行きましょうか」

「えぇ、よろしく、お願いしんす」



 カツカツと、履物を鳴らして往く彼女は、この国の現在の状況について僕に訪ねた。しかし、彼女の影響力を考えれば、いずれ互いの国同士の関係に影響を及ぼす可能性もある。

 第一、僕は物を売るプロであって政治家ではないのだから、女王様を置いてそんな話をするわけにはいかない。そう考えて、誤魔化すように笑ってから、代わりに別の話題で彼女を楽しませる事にした。



「くすくす。主さん、あんたほんにオツでありんすね」

「お褒めいただき、光栄ですよ」

「こなにもてなされたのは、随分と久しぶりで。普段は、わっちがもてなす側でありんしょうから」

「そうなんですね、スミレさんも何か店を?」

「接客業、でありんす。ヘイアンステイツは観光業が盛んでありんすから、いくつかのホテルの経営を。『ウグイス・ハウス』、ご存じでありんすか?」



 彼女が口にしたウグイス・ハウスは、世界各地に店舗を構える巨大なリゾート施設運営の企業だ。外観は街を損なわず、しかし一度館内に踏み入れれば、そこは雅な幻想世界。というコンセプトが大いにヒットし、瞬く間に世界中に展開したとアグロさんに聞いている。



「あの日は、エイバーへの進出を考えた視察にしんした」



 そんな話をしながら歩き、僕らは城門へたどり着いた。朝のこの時間、ゼノビアさんはデスクワークに勤しんでいるようだ。城門の下に設けられている守衛室の窓に、メガネをかけて机に向かう彼女の姿が見えた。



「おはようございます、ゼノビアさん」

「……トモエか。旅から戻ったみたいだな」

「おかげさまで。店番の派遣、本当に助かりました。ああ、彼女はGO&Mのスポンサーのご令嬢で、スミレ・ハーパー・モルガンさんです」

「どうぞ、よしなに」

「話には聞いている、歓迎しよう」



 言って、ゼノビアさんは部屋に居たもうひとりの番兵に声をかけると、僕らを連れて女王様の元へ向かった。



「ただ今戻りました、女王様」

「ご苦労だったな、トモエ」



 ……ん?



「モルガン氏よ、其方そなたのもたらした銀の貿易への多大なる貢献、感謝する」

「わっちは、ただ父に御国おくにの紅茶を勧めただけでありんすよ。それに、御国とのルートを得る事は、わっちらも望むところでありんすから」



 口元に人差し指をあて、小さく笑うスミレさん。その時僕は、ヘイアンステイツには賢者がいない事を思い出した。



「偶然にしては、出来過ぎであろうな」

「ほんに。あれは、金で買えるモノじゃありんせんから、わっちらにはどうにもなりんせんした。なんで、今後ともよしなに」



 女王様が頷き、いくつかの談話の後に、デレデレとしたルーシーさんが部屋に到着した。



「お待たせいたしました、サロメ様!」

「来てくれたか。それでは、モルガン氏を頼む」

「分かりました!モルガンさん初めまして!えへへ、早速農園へ行きますか?それとも、まずは一杯飲みますか?えへへへ」



 彼女の紅茶への愛が、僕が旅立つ前よりも更に強くなっているように思える。



「長旅でありんしたから、一つおごってもらえると嬉しいですねぇ」

「分かりました!それでは女王様、後はお任せを!」



 そう言って、スミレさんの手を引いて部屋から出て行った。賑やかしい声が怒涛のように押し寄せたせいで、一抹いちまつの寂しさが部屋には漂った。



「……ねぎらいの言葉、痛み入りました」

「流石に、お前の活躍を認めんワケにもいかないだろう。知らないかもしれないが、この世界における銀は何よりも重要な物質でな、錬金術のかなめなのだ」

「要、ですか」



 訊けば、缶だけでなくありとあらゆる物体の錬金に使われているようだ。この三年間は、過去に使用していた剣や銃などを再利用していたらしい。



「それを新たに、半永久的に仕入れることの出来るルートが決まったのだから、本来であればお前に何かしらの褒美を取らせねばならん」

「いえ、僕はあなたが名前を呼んでくれただけで充分です」



 言うと、女王様は扉の前に立つゼノビアさんを見た。ひょっとすると、彼女がそう呼ぶことを提案してくれたのだろうか。

 それにしても、半永久的とは随分だと思う、賢者の力って、一体。



「本当に、無欲な奴だ。それに、借りにしておくのは気分が悪いのだがな」

「無欲など、滅相もありません。僕は、心からあなたを欲しているのですから」

「……バカもの」



 その時だった。僕の体が、何の前触れもなく地面に倒れてしまったのは。



「トモエ?どうしたのだ?」

「い、いえ。何ともありません。軽い貧血かと」

「まったく、無茶な旅をするからだろう。もうよい、下がれ」

「……わかりました。今日は、これにて失礼します」



 「立てるか?」と、ゼノビアさんが差し伸べてくれた手を掴むと、僕はことげに立ち上がることが出来た。

 ……違和感。意識はあった。別に疲れている訳でもないし、ましてや貧血である事も当然ない。しかし、僕は今、確かに何かを感じたのだ。

 けれど、その正体は分からない。部屋を後にすると、スミレさんの見学が終わるまでの間は店に戻りペーパームーン雑貨店の営業を再開したが、再び倒れてしまうような事は無かった。


―――――――――――――――――――――――――――――

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