恋愛の7 紅茶

「……以上の事から、僕は再び外交に手を出すべきだと考えます」

「なるほど。目先の金銭や物品だけでなく、情報戦において後手に回らないように、か」

「その通りです。他国を喜ばせるのではなく、クレオが負けないためにそうするのです。その第一歩として、まずはこの紅茶を輸出する事から始めるのが得策かと」



 日本の鎖国と明治維新、僕が話したのはそれだ。



「……だが、いくら良いものとは言え、紅茶を百や二百売ったところで国庫は潤わないだろう」



 この人は、本当に結果を急ぎ過ぎる。



「女王様、これは先駆けに過ぎないのです。真の目的は、別にあります」

「先駆け?」

「はい、今回のセールスでクレオの紅茶をPRした暁には、僕はペーパームーン雑貨店の販売規模を大幅に拡大し、必ず国益に貢献する事を誓います」

「どういうことだ。話せ」

「女王様、クレオに男の商人が現れた。これは、あなたが思う以上にセンセーショナルな事件なのですよ」



 そして、僕は現在クレオの民がどんな評価を受けているのか、そしてこの先どうやって店を成長させるかを語った。



「……合理的ではある。だが」



 しかし、女王様の一考を遮る声。



「お待ちください女王様、この国にはプリモネ様もおります。自給自足が成立していて、且つ他国に劣らない武力を有している我々に、この男の言う話を聞き入れる必要はないかと思います」



 警護の一人だった。知らない名前が出たが、武力と言う言葉から察するに、そのプリモネという人が賢者なのだろうか?ここは、下手に刺激をして反論のリスクを受けるより、女王様の言葉を待った方がいい。



「……その通りだ。我々は元より領土の拡大や人口の増加も望んでいない。今ある場所で、今ある生活を続けていければそれで構わない。それは、国民たちの総意でもあるだろう」

「そうでしょうか。僕にはそうは思えません」

「……ほう、何故だ?」



 あなたが戦争を起こすから。そう口にすることはしない。

 それに、今の言葉は賭けだった。一歩間違えば首を落とされかねない、否定の言葉だからだ。けれど、女王様は「何故だ」と言ってくれた。それは、男である僕に価値を見出してくれたことの証明だ。



「僕の店でこの国の方々が買い物をしてくれている事が、僕の言葉の証拠にならないでしょうか?確かにクレオの品々は素晴らしいですが、どれだけ美味しいステーキでも毎日食べていればいつか飽きてしまうモノです。彼女たちは、たった少しでもいつもと違う風景を見たいから、男の僕からでも商品を買っていくのだと思います」



 言うと、それを否定する警護の言葉を皮切りに、僕を除いた全員で会議が始まってしまった。兵だけでは収集が付かないと悟ったのか、ゼノビアさんが扉を開けて出て行ったかと思うと、すぐに二人の女性を連れて戻って来た。一人は丸い眼鏡をかけて金の髪を一本にまとめた、もう一人はキツネに似た釣り目に黒い前髪を切りそろえた容姿をしていて、二人とも聡明な雰囲気を持っている。



 彼女たちの紹介などされるはずもなく、気が付けば僕は完全に蚊帳の外。手持ち無沙汰に飲んだ紅茶はやはり美味で、もう一杯温かい内に貰えないかと、我ながらがめつい思いを浮かべていた。



「……だが、お前たちが絶賛したあのバスソルトとやら。塩を材料としている以上、クレオでは作れない」

「それは、兵長の言う通りですが」

「なんですか?バスソルトとは」



 丸眼鏡が問う。



「クレオが外交を絶ってから外国で生まれた、新しい趣向品の事だ。浴槽に入れると、デトックスやリラックスの効果がある」

「眉唾ですね。何か魔学的根拠でも?」

「どうやら、血管と魔菅の流れを促し発汗作用にて老廃物を流すということらしい。実際、私も部下たちも効果を実感している」

「あ、美容にも最適ですよ」

「美容!?」



 あまりに相手にされなさ過ぎてつい口にした言葉は、キツネの購買意欲を著しく刺激したらしい。



「男、それはお前の店でも売っているの?」

「もちろんです。種類も豊富ですので、きっとあなたの気に入るバスソルトが見つかる事でしょう。ご一緒に他のアイテムも充実させて、最高のバスタイムを実現されてみてはどうですか?」



 僕の言葉に、その後ろにいた警護と丸眼鏡も耳を傾けている。これは、次に仕入れる商品にかなり有力な情報となりそうだ。



「……はっ、失礼いたしました女王様。ご無礼を」

「構わぬ。しかし、今の反応が其方そなたたちの真の意見なのだな」

「い、いえ!そんなことは……、申し訳ございません。どうか、今の愚行は忘れていただけると……」

「構わぬと言っておるだろう。ゼノビア、ルーシーを呼んでくれ。確か、今日はグリーンエメラルド・アベニューに来ている筈だ」

「承知いたしました」



 女王様は、男以外には寛大なのだろう。近すぎず遠すぎず、国民たちにとって彼女の人柄は理想の王であるに違いない。



 その数十分の後。



「お待たせしました、サロメ様」

「サロメ様!お招きありがとうございます!ルーシー・カルチェラタン、只今参りました!」

「よく来てくれたな、歓迎する」

「いいえ!こちらこそありがとうございます!」



 ルーシーと呼ばれた彼女は、あまり着慣れていない正装をしているのか胸のリボンが曲がっていて、その割には背筋をビシっとまっすぐに伸ばした、僕よりも少し年下であろう元気な人だった。目も顔も丸く、赤い髪をシニヨンに纏めている。



「真々木巴、彼女が紅茶農園の経営を任せているルーシーだ」

「男の人……。えっと、サロメ様、この人は?」



 訊くと、女王様は彼女に紅茶の輸出を考えている、と言う話をした。



「だから、ルーシーの力を貸してもらえないだろうか」

「そんな!私がお力になれるのなら、何だって致します!」

「ありがとう。……真々木巴、商売の交渉や輸出に関してはお前に任せる。くれぐれも、失敗するなよ」



 その言い方から察するに、紅茶にはある程度のストックがあるのだろう。早いうちに、アグロさんへ輸出の話をしておこう。



「ただ、勘違いをするなよ?私はお前の為ではなく、国民が豊かに暮らせるように機会を許すのだからな」

「この上ない喜びです。ありがとうございます」

「……ゼノビア、手錠を外してやれ」



 言われ、彼女は僕の手錠を外した。手を握って痺れた感触を確かめると、ルーシーさんを見て頭を下げた。



「よろしくお願いします、カルチェラタンさん」

「……はい、よろしくお願いします。別に、ルーシーでいいですよ。でも、さんは付けてください」



 ふい、とそっぽを向いて挨拶をするルーシーさん。しかし、彼女は僕の当面のパートナーなのだから、せめてビジネスライクな関係に持っていけるよう頑張る事にしよう。


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