恋愛の8 外交前夜
それから更に一時間、計画がようやく纏まった頃に時計を見ると、日付は既に明日になっていた。
「それでは、僕はこれで」
「しっかりやるのだぞ」
「もちろんです、任せてください」
話の行く末が決まった段階で他の人たちを帰したから、部屋には僕の他に、女王様とゼノビアさん、それにルーシーさんの四人しかいない。会議の終わりにホッとしたのか、三人はまるで友達のように話をしていた。ルーシーさんも、幼馴染なのだろうか。
「あ、最後に一つだけよろしいですか?女王様」
「なんだ?」
「これを、今日の分のプレゼントです」
そう言って手渡したのは、例のシャンプーの入った小瓶だ。彼女の八の字に曲がる眉毛を見て、怒りではない感情を顕にさせた事に喜びを感じていた。
「ようやく、直接お渡しできましたね」
「どさくさに紛れて、お前は本当にがめつい奴だな。それに、そんなに早くシャンプーが無くなる訳がないだろう」
言われてみればその通りだ。少し、失敗してしまったな。
「お褒めの言葉として、ありがたく頂戴します。明日からは、他のプレゼントを考えておきましょう」
「……お前には、プライドがないのか?私の知る限り、男とはお前のようにいつも笑ってるモノではない」
「それが僕のプライドですよ、女王様」
言って再び笑うと、彼女はため息をついて肩を揺らした。
「私も、一つだけ訊く」
「一つと言わず、いくつでも」
一瞬の沈黙。その言葉が、仕事の話ではないことが分かった。
「お前は、なぜお母様を慕うのだ?異世界人のお前には、クレオの歴史は関係ないだろう」
「簡単な話、女王様をこの世に残してくださったからです」
「……バカ者、歯が浮くわ」
そう言いつつも、女王様はそれ以上の悪態をつかなかった。
きっと、僕は彼女にとって初めて会うタイプの男なのだろう。自分を叱りつける者、自分を押さえつける者、自分の愛した人を見殺しにする者。それが女王様の知る男なのだから、困惑する事は当然だ。
ならばどうか、このまま僕の事を分からないでいて欲しい。そして、わからない理由を考えて、あるはずもない打算を疑い続けて、いつもあなたの頭の片隅に、僕がいてくれている事を願うばかりだ。
× × ×
あれから数日後、全ての準備を済ませた僕は再びアガルタの城へと来ていた。
「……以上です。明日、イスカの運送屋であるアグロヴァル・ダットロード、という方が紅茶を運ぶ為にこの国に来てくれます。販売の為の場所も確保しておりますので、準備は万全です」
「サロメ様、こちらが商品です!」
僕の報告の後、元気いっぱいに商品の入った箱を女王様へ渡すルーシーさん。早く感想を聞きたいのか、落ち着きなくウズウズとしている。
「これは美しいな。銘柄は、『ラ・ロゼ・サファイア』の『ルーシー・ブレンド』か。悪くないではないか」
「えへへ、ありがとうございます。サロメ様」
どうやら、ルーシーさんはその名前を相当に気に入ったようで、女王様に呼ばれた事も相まり嬉しそうに笑った。
元々ブレンドティーとだけ呼ばれていた紅茶を、折角だからと彼女の名前を冠したからルーシー・ブレンド。因みに、ラ・ロゼ・サファイアは農園の名前だ。
「配合は四種類、地名にちなんでいるのだな」
「はい、それもルーシーさんが用意してくれました。このバリエーションの多さは、強力なセールスポイントとなるでしょう」
クレオには、エメラルドとサファイアの他に『レッドルビー・マウンテン』と『ホワイトダイヤ・パレス』という宝石の名をした場所がある。前者は王城の後方にそびえ立つ高山、後者は王城のある区域だ。
梱包する缶は、それぞれの宝石と紅茶の葉を刻印したシンプルなデザイン。四色を一つに詰めれば、見た目と香りと味の揃った、ここにしかないジュエルボックスの完成だ。
「缶の制作は、錬金術師のカテリーナさんに依頼しました」
「は〜い。女王さまぁ、なんかぁ、この男がかわいいの発注してきたんでぇ、ちゃちゃっとやっちゃったんですけどぉ、別に大丈夫でしたよねぇ?」
「問題ない、むしろこの短期間での量産、よくやってくれたぞ」
「別にいいですよぉ。あたしもぉ、ルーシーの紅茶ちょー好きですしぃ」
なんだかいつも眠たげなカテリーナ・シェィプストックさんは、グリーンエメラルド・アベニューに店を構える錬金術師だ。
二つに結んだピンク色の、緩く長い髪と半分閉じた眼が特徴で、短めのローブに袖を通しただらしない格好をしている。
彼女は穏健派ではないが、僕が男である事に拘らない。と言うより、そもそも何の派閥にも所属していないのだ。
職人らしいと言えば良いのか、本人曰く錬金術とかわいいモノ以外の事はどうだっていいらしい。因みに、ペーパームーン雑貨店の常連で、あのローブはうちの商品だ。
「オリジナルさえ出来ちゃえばぁ、あとは複製炉でいっぱい出来ますからぁ。でもぉ、銀をめっちゃ使うのでぇ、そのロットが切れたらぁ、結構やばいかもですぅ。クレオではぁ、銀が取れませんからぁ」
カテリーナさんは、物質に保存されている無機質な魔力を変形させることで、原料よりも下位の素材で任意の形を創り出すことが出来る。数は物質の導魔率(魔法の通しやすさを表す指標)に比例していて、今回であれば銀100グラムから手のひらサイズの金属製の缶を、二つ錬成する事が出来るようだ。
「ならば真々木巴、紅茶の販売とともに銀の輸入もして来るのだ。当然、市場の変化と他国の内部情勢の調査も忘れずにな」
「承知しました、女王様。僕にお任せください」
どういう理由かは分からないけど、僕は女王様の命令を少しも無理だとは思わなかった。それどころか、度重なる恋の試練に酔ってしまっている気すらしている。
「せっかくだ。ルーシー、紅茶を淹れてくれ」
「かしこまりました!」
「あたしもぉ」
「ルーシーさん、僕にも下さい」
今ここにあるのは、数年前から彼女が延々と重ねてきた試作品の上に立つ、ルーシー・ブレンドの究極形態だ。そして、商品として売り出す為に試飲を繰り返すうちにいつの間にか中毒になってしまった僕は、目の前で開かれて部屋に舞った香りに抗う事が出来なかったのだ。
「……仕方ないですね。あなたの美味しそうに飲む表情は、嫌いではないですから。サロメ様、彼にも一杯、分けてあげてもよろしいですか?」
彼女の言葉に、女王様は黙って頷いた。僕の評価は、少なくとも嫌な顔をせずに紅茶を与えられるところまで上がっていたようだ。
一方、その事実にまた一つ恋を重ねてしまう僕。営業スマイルを鍛えていなければ、きっと鼻の下を伸ばした汚い笑顔を垂れ流していたに違いない。
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