恋愛の5 告白

「お前、なぜあれを私に寄越したのだ」

「ただのプレゼントですよ。僭越ながら、何とか女王様のお目に留まるように過去を調べさせて頂きましたが。とはいえ、あれに行き着いたのはほとんど偶然でした」



 話の出処を、女王様は訊かなかった。本当に、シャンプーにしか興味が無いようだ。



「あのシャンプーに使われているひまわりは、今は亡き南の島国『モアナ』に咲いていた特別なモノであるようです。きっと、前国王妃様はその国の出身だったのでしょう」



「お前、どうしてお母様の事を……」



 王妃様を出した途端、彼女の目が微かに揺らいだ。

 ……これは、試練だ。今、女王様は僕に興味を持った。ここで逃げだせば、きっと二度とチャンスは回ってこない。だが、逆に価値を示す事が出来れば、それは必ず僕らの繋がりになる。



「……シャーロット・ヴァレンタインハート王妃。とある貧しい農家の出身でありながら、クレオの先代国王、ユリウス・ノアクレオライン・ヴァレンタインハート様に勇気と知能を認められた、クレオ史の中でも類を見ない才女であったと聞きます」



 クレオラインは、初代国王様のファーストネーム。栄えある王を継いだ者は、ミドルネームとしてその名前を自らに刻むのがしきたりでようだ。



「戦争に敗北し、国が植民地にされ、奴隷として地獄のような毎日を過ごしていたモアナの民は、ある日解放軍として派遣されたクレオ騎士団と出会います。しかし、現場は彼らの思っていたよりも凄惨且つ悲惨な場所。様々なアクシデントに見舞われた末、そこで騎士団が目にしたのは、奴隷の中でたった一人、真っ直ぐと太陽を向いて咲くひまわりのように気丈な女性だった。それがあなたの母親、シャーロット様。そうですね?」



 彼女は囚われながらも敵情を冷静に分析し、そしていつか来るチャンスの為に巧妙な作戦を4年もの間練り上げていた。結果、解放軍はその少ない人数で植民地化したモアナの制圧に成功。彼らの先頭に立って旗を持つ彼女の姿は、今でもクレオの象徴として絵画に描かれている。



「……そうだ。お母様は、男などと比べ物にならない程に気高く、そして強かった。それなのに」

「ユリウス国王様は、シャーロット様を見殺しにした」



 先を読むように言うと、女王様は言葉を失ったように口を開けて僕を見ていた。しかし、今するべきなのはユリウス国王様の弁明ではない。女王様に、僕が味方だと思わせる事だ。



「……ここからは僕の推理です。不敬ながら、口にする事をお許しください」



 その言葉に、彼女は沈黙で応える。



「女王様は、病床で最期の瞬間まであなたを想っていたシャーロット様を、今でも愛している。しかし、シャーロット様には故郷もなく、また苦労を知る貧民の出であったせいで、自分の為の贅沢を滅多にしなかった。それ故、あなたは彼女がこの世界に居たという証拠を、自分の中にある思い出以外に持っていないのではないでしょうか」

「……続けろ」

「そこで、僕が女王様の為に探したのは『匂い』でした。匂いであれば、例えシャーロット様が残した物でなくとも、そこに姿を見出せる。女王様を、満足させられると考えたからです」

「だから、いつも花を……」



 そう呟いたのは、ゼノビアさんだった。



「そして、ようやく辿り着いたのがあのシャンプーだったんです。シャーロット様は、もう亡くなってしまった故郷の花の香りをいつまでも忘れないように、どこかに咲くあのひまわりがもっと生きられるように、たった一つの例外としてお金を使っていたのでしょう」



 聞いて、女王様は黙って僕を見つめていたが、やがて言葉を見つけたようで、ゆっくりと抑えるように口を開いた。



「お前は、読心の魔法が使えるのか?」

「いいえ、魔法は何も」

「バカな!騙されないぞ、そんな訳がない。今日初めて出会った、ましてや男のお前に、魔法も使わないでそんな事が分かるハズないではないか!」

「ですから、推理と言いました。僕は、女王様に喜んでもらいたくてやったのです」

「……お前、一体何者なんだ?」



 僕はきっと、この国が向ける侮蔑の視線に慣れた頃から病んでしまっているのだと思う。あまりに多くの理不尽に見舞われて、心はまともでなくなってしまっているのだと思う。

 ……でも、言葉を覚えた。プレゼントを選んだ。どんな暴力にも耐えてきた。それは全て、女王様の為にやった事だ。理由はなんであれ、僕はこの世界に来てから僕の全てを女王様に捧げてきた。毎日あなたを想って、毎日あなただけを追い求めた。



 だから、きっとこれは、僕の純愛なんだ。

 


「僕は、真々木巴。異世界からやってきた、あなたに恋をする者です」

「このバカ者がッ!調子に乗って何という口を利くんだ!」



 激高し、再び剣を振り上げる兵士。



「よせ!」

「兵長!?何故止めるんですかッ!」

「これ以上痛めつけてどうする。それに、サロメ様の御前ごぜんだぞ」



 ゼノビアさんが制すと、視界の端の捉えた兵士は大人しく引き下がって地面に剣を刺し、僕を睨みつけた。しかし、それでも視線を外さない僕を見て、女王様は少しだけ笑った。



「異世界?それに、恋だと?何を言い出すかと思えば、お前は狂っているようだな」

「狂っていても、本気なのです。僕は、女王様を愛しています」

「……下らん」



 吐き捨てるように言って、手綱を引くと女王様は馬を振り返るように操った。



 「下らんが、しかし異世界とは面白い。常世には、この場所以外にも世界があると言うのか?」

 「その通りです。僕の住んでいた世界には、魔法はありませんでしたよ」


 すると、少しの間考える素振りを見せ。



「……明日、城に来い。事情聴取だ、話を聞かせてもらおう」



 そう残すと、ゼノビアさん達を引き連れて城へ帰って行ったのだった。



「……よし。ようやく、いっ……ぽ……」



 僕の記憶は、そこで途絶えている。緊張のし過ぎと、ようやく進んだ目標への安心感で、気が緩んでしまったんだと思う。



 夕方に目を覚ますと、店からはいくつかの商品が消えていて、代わりにカウンターにはゴールドを預かるカルトンからはみ出した、支払いのお金が置いてあった。

 ひょっとすると、僕が思うほどこの国の人たちは悪い人たちじゃないのかもしれない。そんな事を考えて店の奥に倒れ込むと、今日一日だけ城門へ通う事をサボったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――

「面白かった!」


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