恋愛の4 序曲

 ……気が付けば、そろそろ夕方も終わる頃。



「今日は少し遅かったな。どうしたんだ?」



 城門へたどり着くと、彼女は壁に背中を預けて立っていた。挨拶するなり口にした、僕の身を案じる言葉を、少しだけ嬉しく思った。



「商品の仕入れの為、イスカへ足を運んでいたんです。ゼノビアさん、ひょっとして心配してくれたんですか?」

「そうではない。ただお前は、男にして顔にも無骨さがないし、線も細いからな。どこかで倒れたんじゃないかと思っただけだ」



 それを心配している、と言うんだ思うのだけれど、余計な口は挟まない事にした。

 言われてみれば、確かにこの世界の男は皆筋骨隆々、先のアグロさんも中々の体躯の持ち主だったし、街往く人も同様だった。何となくだけど、その辺りは魔法の才能が関係していそうだ。



「そうそう、今日はゼノビアさんにもお土産があるんですよ」

「私に?」

「はい。バスソルト、と言うヤツです。女王様への新しいプレゼントを探していた時に、偶然見つけましてね。いつも花を渡してくれていますから、感謝の気持ちだと思ってください」

 「入浴剤か。店の商品といい、お前は不思議な物ばかり取り扱っているな」



 彼女が僕の店に来た事は無いはずだから、評判がここまで届いたのだろう。



「外国では、結構流行っているみたいです。疲れに効くようなので、試してみてください」



 言って、お土産と、女王様へ向けた小分けにして包んだ2本のそれに、ドライフラワーのカードを添えて、麻の袋と共に手渡した。



「……この匂い」



 その時、僕は彼女が、表情に懐かしさを浮かべたのを感じた。



「ええ、瓶の中身はシャンプーです。カードの示す通り、ひまわりの花の香りなんです。高貴な女王様にはぴったりかと思いまして」

「……ひまわり。そうか、これはひまわりの香りだったんだな」



 含みのある言葉に、僕は確かな手応えを感じた。



「それでは、今日はここで。また明日」



 言っても、ゼノビアさん何かを考え込んでいるようで、僕の言葉に返事をしなかった。

 しかし、僕は振り返らなかった。もしここで何かを言ってしまえば、あのシャンプーをつき返されてしまう。そんな予感が、あったから。



 × × ×



 翌日、太陽が少し西へ傾いた頃、店に馬に乗った団体の客が現れた。



「……いらっしゃい、ませ。えっと、今日はなにを?」



 彼女たちは、客と呼ぶにはあまりにも物騒だった。人数は4人、内3人は軽い鋼のアーマーと、腰には剣を刺している。もう一人の女性は、キャスケットから栗色の髪を流し、レトロなショージャケット、下は乗馬用のキュロットタイプのパンツにブラウンのロングブーツ。馬にはマスケット銃を携えていて、これから猟にでも行くんじゃないかと言った装いだった。



「ここか?ゼノビア」

「はい、サロメ様。彼が、昨日のシャンプーを」



 名前を呼ばれた彼女を見ると、それは確かにゼノビアさんだった。いや、それよりも今……。



「あなたが、女王様ですか?」

「男が、私の許可もなく喋るか」



 キャスケットをずらし、鋭いまなこで僕を見る。苦節一年と数ヶ月、ようやく顔を見ることが出来た女王様は、馬上から冷たい視線で見下ろす、美しくも残虐な氷のような人だった。

 瞳はわずかに青色で、鼻と口は描いたかのように細く整っている。ただ、その美貌が逆に、彼女の迫力を増しているのだろうと思った。



「失礼いたしました、女王様」

「ふん、まあよい。お前、昨日のシャンプーをどこで手に入れた?」



 単刀直入、知りたい事はやはりだったようだ。



 ……瞬間、ここで正直に答えてしまえば、きっと二度と会えないだろうと僕の第六感が叫んだ。だから。



「どうして黙っている。早く答えよ」

「……秘密です」

「なに?」



 怒りの見える声に反応して、二人の兵士たちが馬から降りて剣を抜く。僕は彼女たちが恐くて足が震えた事で、死が目の前に迫っているのを直感で理解出来た。



 ……それでも。



「言えません。それに、知らなくともあなたは手に入れる事が出来ます。知る必要はないでしょう?」

「無礼者ッ!」



 声を上げた兵士の一人が、剣を僕の体に打ち付けた。分かっていた事だけど、彼女の力はおよそ僕の知る女性の力ではない。僕の体は後方へ吹っ飛ぶと、商品を置いた棚に激突してから地面に叩きつけられた。



「がっ……ぁ。……ゴホッ、ゴホッ」



 どうやら、腹の部分で殴られただけのようだ。咳き込み、口から血が出て、痛みに涙が滲んできたが、僕は生きている。剣の触れる瞬間、本気で走馬灯を見たけど、それでもまだ生きているんだ。

 それに、ゼノビアさんはシャンプーをどこで買った物なのかを黙っていてくれた。それを考えるだけで、戦う勇気が湧いてくる。まだ、やれる。



 地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。ようやく面を上げて真っすぐに見上げた女王様の視線は、やはり突き刺さるほど冷たかった。

―――――――――――――――――――――――――――――

「面白かった!」


「どうやって恋愛まで行くんだこれ?」


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