恋愛の3 きっかけ

 ……あれから数日後の今日、僕は隣国のイスカの港町『エンドオーシャンズ・インダストリアル・ポートハーバー』へ商品の仕入れに来ていた。長い名前故、人々には『エイバー』と呼ばれている。



 エイバーの熱気は素晴らしい。海岸に面する港には巨大な帆船がいくつも並んでいて、そこから広がるように様々な店が所狭しと並んでいる。

 どこを見ても賑やかで、おまけに僕の知らないこの世界の品物が無限に取引されている。老若男女人種族、そんな事に目をくれる暇などなく、全ての者が何かを買ったり買われたりを楽しんでいる。僕は、この街の情熱的な雰囲気が大好きだ。



 そんな中、僕はハーブ風味のビスケットやビーズ玉の衣料洗剤、魔法のクリスタルを加工した色とりどりのピアスにカラフルなチェニック、果ては魔物をデフォルメしたメルヘンなぬいぐるみまで、ありとあらゆる雑貨を仕入れた。

 ペーパームーン雑貨店は、一つのテーマに絞って商品を販売している訳ではなく、色々なジャンルを少しずつ集めたごった煮のようなスタイルを取っている。元の世界で言うならば、ヴィレッジ・ヴァンガード辺りの雰囲気が近い。



 熱気に当てられ、異国の文化を楽しむこと数時間、ようやく商品と食料を買い纏めると、前回も訪れた運送会社『ゴー&ゴー』へ商品の配達を頼みに向かった。



「クレオ?なら、料金は三倍増しだ」

「えぇ!?一ヶ月前は通常の料金だったじゃないですか!?」

「だがダメだ、料金は変更したんだよ。なんてったって、ウチの社員は全員男だからな。襲われでもすれば、全く割に合わない」



 外国では、クレオはそういう扱いとなっているらしい。確かに、性別だけで単純に力関係を測れないこの世界では、相手が女性であっても暴力に怯える事は普通だ。

 それに、商人とは特に国家情勢に鼻の効く人種。ひょっとすると、彼らは既にこの世界の危ういバランスに気づき始めているのかもしれない。



 しかし困った。今の僕の手持ちは、提示された金額に足りていない。こんな事なら、しっかりと下準備を済ませておけばよかった。

 困り果ててどうにかならないかと交渉を続けていると、僕のしつこさに根負けしたのか、運送屋は深いため息を吐いて椅子に座った。



「なあ、兄ちゃん。あんた、クレオに住んでるのか?」

「はい、そこで店を開いています」

「なぜだ?確かに穴場ではあるが、リスクを犯してまで参入するような市場ではないだろう」



 訝しむ視線を感じ、僕は素直に白状する事にした。



「うーん、恋ってヤツですかね。どうにかして、僕のモノにしなければならない女性がいまして」

「恋って、そりゃまた商人らしからぬ非合理な意見だ。相手は?」

「サロメ・カルーナ・ヴァレンタインハート国王様です」



 告げると、運送屋は椅子からひっくり返って床に転げ落ちた。



「じょ、冗談だろ!?お前、王族相手の恋ってだけでバカげてるのに、おまけに相手はあの鉄血の女王だって!?」



 椅子に座り直し、周囲の反応も考えずに叫ぶ。声が気になったのか、別の社員たちもこのテーブルに集まって来た。



「はい。女王様と恋愛をする。僕は、本気でそう考えています」



 一瞬の沈黙。



「……くっくっ。あっはっはっはっは!面白い!面白いぞ!」

「ははっ、面白いでしょう。それだから、僕はクレオを離れる訳にはいかないんですよ」



 彼の大笑いに、僕も思わずつられてしまう。しかし、きっと僕らの思惑は正反対のハズだ。これは、本来なら応援などされるはずもない、爽やかさなんて欠片もない、神様の願いと僕の意地がグチャグチャに混ざりあった、ドロドロとした黒い恋愛なのだから。



 二人でヘラヘラと肩を揺らしていると、ようやく落ち着いた頃に運送屋が立ち上がった。



「これまで何人もの商人を見てきたが、お前ほどガッツのある奴は珍しい。どういう理由かは知らないが、兄ちゃんの恋の行方、俺も気になってきたぞ」

「トモエです、真々木巴。運送屋さんは?」

「珍しい名前だな。俺は、アグロヴァル・ダットロード。アグロとでも呼んでくれ」



 言って、アグロさんは手を差し伸べたから、僕はそれにガッシリと応えた。



「任せな、トモエ。お前の荷物は、毎月俺が責任を持ってクレオに届けてやる。もちろん、通常通りの料金でな」

「ありがとうございます、アグロさん。ついでに、長期契約で少し安くしてもらえないですか?」

「がめついな!まあそれは出来ないが、代わりに一つ、いい情報を教えてやろう」

「情報?」

「あぁ、十年以上も前の話だが、月に一度俺がクレオの王城へ届けていたとある商品についてだ。もしかすると、女王攻略の鍵になるかもしれないぜ?」



 言うと、彼はまだ前国王の王妃が存命であった頃、頻繁に届けていたとある品物の情報を教えてくれた。



「……それは、まだこの街で売っているものなんですか?」

「その筈だ。しかし、やはり王室御用達。庶民がファッション感覚で手を出せるような代物ではないぞ?」



 その価格は、今の僕には到底手の届かない額だった。



「……でしたら、銀行に紹介状を書いてもらえませんか?僕も商人なので、アグロさんの紹介があれば融資を貰えるはずです。ついでに、新商品として売り出すことにしますよ」



 言うと、アグロさんは再び声を上げて笑った。



「逞しい奴だな、いいだろう。それじゃあ精々、真実がバレないような文章を考えるぜ」



 交渉は成立。思いがけない収穫に、僕は確かな希望を見い出した。

 お礼と言ってはなんだけど、彼は結婚指輪をしていたから、子供の有無を確認してみた。すると、妻との間にはまだ幼い娘がいるとの事。だから、彼が娘に好かれるように、魔物のぬいぐるみをプレゼントした。



「これからも頼む」



 仕事一筋のアグロさんは、娘の好みが分からずに困っていたようだ。お陰で、アグロさんは運送を、僕は彼の娘へのプレゼントを選ぶ関係が出来上がったのだった。



 その後、貰った紹介状を片手に銀行へ。商品の仕入れという名目で審査を受けると、無事に融資を受ける事ができた。

 しかし、いくら商業に注力している国だからとはいえ、当日にキャッシュで借りる事ができるとは思いもしなかった。ひょっとして、アグロさんってかなりの有力者なのでは?



 そして、銀行を後にして情報を頼りに件の店『フレテリア』へ行くと、確かに|は売っていた。

 2ダースだけ仕入れて帰路に着き、クレオの国境付近のバス停でルート馬車(バス的な旅客運送車の事)を乗り継ぐ。



 グリーンエメラルド・アベニューの最寄りのバス停で降りると、歩きながら品物の包を少し解いて中を覗いた。

 すると、それは小瓶に詰められているにも関わらず、芳醇で優雅なイメージを思わせる香りを微かに放ち、僕の鼻孔をくすぐった。



「これが、架け橋になってくれるといいけれど」



 呟き、もし駄目だった時のことを考えると心臓が跳ねる。しかし、もう後戻りは出来ない。僕は、前に進むしかないんだ。

 早く渡すためにも、日が暮れる前に城門へ向かおう。ゼノビアさんは、まだ居てくれているだろうか。


―――――――――――――――――――――――――――――

「面白かった!」


「どうやって恋愛まで行くんだこれ?」


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