恋愛の2 日課

「おはよう、トモエさん」

「おはようございます、テレサさん。今日もいい天気ですね」



 お金を貯めて店を開いたのは、普通に働ける場所が無かったからだ。おまけに家も見つからず、ならばと二つを両立出来るように、前職の知識を活かして店を開くことにしたのだ。

 僕にここを貸してくれたのは、先々代国王の時代からこの国に住んでいるこのテレサさん。未亡人で、当然だが不動産を経営している。



 彼女は、この国の現状を憂う数少ない穏健派だ。女王様に表立って意見は言わないものの、ここ数年で急速に減った人口に危機感を抱いている。

 更に、女王様はまだ若く、政治も公平性に欠けている事を否定できない。内側から崩壊していく様を見るのが、愛国心を煽って辛いのだと、初めて出会った時に話していた。



「今日も、売れるといいですね」

「ここ数日は品物に罪が無いと思い始めたのか、気に入った物を買っていく人が増えました」



 金を放っての支払いは、多少傷つくトコロもあるけれど。


「だから、何とかやっていけそうです。きっと、テレサさんが宣伝をしてくれたお陰です」

「わたくしは、ただの世間話が好きな婆さんです。結果は、トモエさんの努力の賜物ですよ」



 まるで、母のような温かさ。彼女はこの生き辛い世界で、数少ない僕の味方をしてくれている。この人が居てくれるお蔭で、僕は神様からの指令にも希望を見出せていると言ってもいい。



「それでは、わたくしはこれで。頑張ってくださいね」

「何かあれば必ず手を貸すので、その時は是非声を掛けてください」

「えぇ、そうさせてもらいます。ありがとう」



 そう言うと、テレサさんは目尻に優しいシワを寄せてニッコリと笑った。彼女に感謝の思いを馳せて、僕は自分に活を入れる。世界を救う事が一番の目的だが、とりあえず自分が死なないようにしなければならない。今日も気合い入れて、商売していこう。



 × × ×



 数時間後、客足が途絶えた事を感じると、僕は店を閉めた。本日の売り上げは20000ゴールド。粗利は大体15パーセントに設定しているため、儲けは約3000ゴールドだ。



 基本的にその日食べていくだけのお金があれば問題ない為、商品の価格設定はかなり甘い。と言うか、僕はそもそも価格に家賃と食費以外の経費をほとんど乗せていないのだ。

 元の世界で同じことをすれば確実にダンビングだと言われてしまうだろうけれど、女性の特性からなのかクレオの市場ではあまり競争がない。だから、そう言った苦言を伝えられた事はまだない。

 因みに、ゴールドとはこの世界の通貨同盟が定めた単一通貨だ。貨幣価値は日本に近く、1ゴールドが1円だと考えて差し支えないだろう。無論、女王様が同盟から脱退するのも時間の問題なのだけれど。



 閑話休題。



 夕暮れの街を、アガルタの城を目指して歩いていた。毎日決まったこの時間、僕は欠かさず城に足を運ぶ。理由は当然、今はまだ顔も見た事のない女王様と恋愛をしなければならないからだ。



「こんにちは、番兵さん。今日も一日、お疲れ様です」

「またお前か。毎日懲りないな」

「懲りませんよ。だって、毎日来ると約束したじゃないですか」



 言うと、番兵は腰に手を当てて呆れたような微笑みを浮かべた。鋼のアーマーを着ているから、カンと鈍い音が響いた。

 冷静に考えれば完全にストーカーな訳だけど、世界の命運に比べれば死ぬほど些末な事だ。それに、気にされてしまうと僕がとても傷付く。



 こうして彼女とまともに挨拶を出来るようになったのは、つい一週間前の事だ。

 生活の基盤を整えて、いざ女王様と出会おうと初めてこの場所に訪れた日、僕はこの番兵に槍で叩きのめされてしまった。理由はもちろん、僕が素性の知れない男だからに他ならない。

 正直、恐くて仕方が無かった。しかし、それでも諦めず毎日通い続けて挨拶を交わすと、彼女は次第に心を開き、遂にはこうして会話してくれるようになったのだ。



 ザイオンス効果と言うモノがある。単純接触効果とも言うが、同じ人と何度も出会っていれば、いつの間にか仲良くなっているという不思議な心理現象だ。異世界でも、どうやら心理学は有効らしい。



「番兵さんは、いつからこの門を守ってるんですか?」

「……名はゼノビアだ、姓はない。サロメ様が即位されてからだから、もう三年になるな」



 僕が自己紹介をしてから一ヶ月。ようやく、名前を聞く事が出来た。



「三年ですか。それは大変だったでしょう」

「仕方あるまい。クレオの兵士は、私を含めて46人しかいないからな。特に城門の警備となれば、それなりに腕の立つ者が努めなければならない」

「と言う事は、ゼノビアさんは相当に優秀な戦士なんですね」

「当然。私はダークエルフだからな。武芸に加え、魔法の心得もある」



 言われ、僕は素直に感心して声を漏らしてしまった。彼女の表情は、どこか誇らしげだ。



 この世界には、元の世界で言うところの人間に当たるヒューマン以外にも様々な人種が存在していて、ダークエルフはその中の一つだ。

 特徴としては、他種族よりも魔法能力に長けており、且つやや攻撃的な性格をしている事だろう。体は、身長が高く肌が褐色だ。それなりり筋力も備わっているらしい。ゼノビアさんもその例に漏れず、僕よりも少し身長が高い。目は赤色、髪は銀色で、戦士らしく短めにカットされている。



「ところで、ゼノビアさんは、女王様と仲が良いんですね」

「何故そう思う?」

「先ほど、女王様をサロメ様と」

「……まぁ、子供の頃からの長い付き合いだからな。その縁もあって、私がここを守っている節もある」



 幼馴染と言うヤツだろうか。この辺りは、彼女たちの過去を含めて調べた方がいいかもしれない。



「それでは、これ以上はお邪魔になるでしょうし、僕はこの辺で。……今日も、これを女王様へ渡して頂けますか?」



 言って、僕は赤と桃の花の束をゼノビアさんに手渡した。



 「前回も、受け取らずに捨てられていたぞ。無駄だと思うがな」



 ゼノビアさんと話すようになってから毎日、僕は手土産として花を届けている。



「そうかもしれません。しかし、この国に住んでいる以上、一度くらいはお目見えしたいものですから」

「期待はするなよ。……それはさておき、クレオでは見ない珍しい花だな。これをどこで?」

「イスカです。あそこは港町ですから、世界中の品々が集まっていて楽しいですよ。よければ、ゼノビアさんも一緒にどうですか?」

「あまり調子に乗るな、私はクレオの女だぞ。男の誘いにホイホイ着いて行くわけがないだろう」



 言うと、彼女はため息を吐いて槍を地面に突いた。



「残念です。でも、いずれ機会がある事を待っていますよ」

「だから……」

「それでは、お仕事頑張ってください」



 僕は、ゼノビアさんの言葉を待たずにその場から離れた。彼女を仲間にする事が出来ればいいのだが、何か良い方法はないだろうか。


―――――――――――――――――――――――――――――

「面白かった!」


「どうやって恋愛まで行くんだこれ?」


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