第3話 入学式

約2週間。長いような短いような春休みが終わった。

卒業式を終えて、義務教育の終了を卒業証明書という形で証明されてから、あっという間に日々が過ぎていった。


卒業前に行った遊園地は緊張してほとんど覚えていない。スマホのアルバムを確認すると数枚の写真が残っている。どれもどこか笑顔が引きつった俺と天使が写っていた。

「あぁ、ミサかわいいな」

ついそんな言葉が溢れてきた。まあ、だれも聞いていないし本当のことだからいいんだけど。


今は朝ごはんを食べ終えて、これから3年間着るであろう制服を前にしていた。

高校の制服はブラウスだ。上下濃い緑色をしていて、胸ポケットには校章が刺繍されていた。中学のころは学ランだったので新鮮に感じていた。

学ランよりボタンが少なくて、首の白い固いのカラーが無くて着るの楽だな。

ジャケットに腕を通して、そう思った。

あとは、このネクタイを……と。


ネク……タイ………。


ちょっと待ってくれ、どうやって着けるんだこれ。

完全に油断していた。スマホで結び方を調べて試してみることにした。


輪っかを作って……そこに通して……?


グイッと引っ張ってみたら細い方が長くなった。かっこ悪いな。

一度ほどいて再試行……こんどは太い方が長くなり過ぎた。


「ああ!!もう、嫌だ!」


じいちゃんに聞いてどうにかなるのか、一縷の望みを胸に居間へ行く。

じいちゃんはせんべえを食べながらテレビを見ている。

「じいちゃん!ネクタイ!できない!!」

「…なんじゃ。ネクタイ?わしも着けたことないわい」

やっぱりどうにもならなかった。じいちゃんは和って感じな人で、正装も着物を着ているような人だった。

「ネクタイか。ならちょうど亜門あもんさん来てるから聞いてみたらどうだい」

「え、亜門さんいるの?」

亜門ルイさん。亜門さんは父さんの仕事仲間だと聞いている。

受験のときにもお世話になっていたりする。

困ったときに親身になってくれる。頼れる味方だ。

「亜門さん、すみません。ネクタイが上手く結べなくて」

「あらあら、ワタルくん。これにはコツがあってね」

黒いスーツをピシッと着こなしている亜門さんは、背はそれほど高くはないけれども気品に溢れている。

「身長は関係ないでしょ?はい、できた!しばらくはこっちにいる予定だから、帰ってきたら一緒に練習しようね」

「亜門さん、ありがとうございます!」

「いえいえ、ワタルくんの高校生活スタートが上手くいきますように!」

ネクタイの結んであるところに手をおいて亜門さんが祈ってくれた。

今日はいい日になりそうだ。

「じゃあ、いってきます!」

じいちゃんと亜門さんに挨拶をして家を出る。

今日は駅でミサと待ち合わせをしている。制服姿のミサを想像して少しニヤける。自然と駆け足になっていた。


「あ、ワタルくーん!」

駅に着くとミサがもう待っていた。初めて見る制服姿のミサ。

か、かあいい……。

「ミサ、おはよ」

俺は平然と、落ち着いた挨拶をした。

クールな男はかっこいいだろ?

「ワタルくん何ニヤけてるの?あ、見惚れちゃった?」

ぜんぜん平然と出来ていなかったみたいだ。

ミサはくるっと回って全体を見せてくれた。

--背中に糸切れが付いている。

「ミサ、背中見せて」

「え、天使みたいだと思っても羽は生えてないよぅ?」

「まあ、天使みたいだとは思ったけど……ほら、糸切れ付いてたぞ」

「あ!ありがとー!えへへ」


そのあとひとしきりミサを褒め倒した。ご機嫌になったミサと電車に乗った。

電車はそれなりに混んでいて空席は見当たらない。

ドア付近に二人で立つことにした。窓の外には見慣れた街の風景が見える。

「あ、あそこのコーヒー屋さんのケーキ美味しいんだよぉ」

「あ、あそこはねぇ」

と、どこか得意げに説明してくるミサは可愛かった。

「じゃあ、今度学校帰りに寄ってみるか」

「いいね!いいね!高校生みたい!!」

そんな他愛のない会話をしていると学校の最寄り駅に着いた。


初めて降りる駅に少しの緊張を覚えた俺とは反面に、ミサは目をキラキラとさせている。

駅からは少し距離があるから、迷わないか不安になったがミサが俺の手を取って先導していく。

どうやら予行練習をしていたらしい。普段はふわふわしているのに

こういうところはしっかりしているんだよな。

「で、この先に大きな公園があってぇ……あ!学校見えたよ!!」

「お、ミサすごいな。覚えたのか」

「えっへん!高校生なので!」

ミサは控えめな胸を張って得意げにドヤ顔をしている。

ドヤ顔もかわいいミサに連れられて、学校に到着する。


構内に咲いている桜が花びらを散らし、春の訪れを告げているかのようだった。

掲示板にはクラス割が発表されていて、それぞれが教室に向かい入学式までそこで待機するようだ。

「同じクラスだといいなぁ」

「そうだな」

話しながら掲示板を確認する。

(薬師寺やくしじ、薬師寺……。あった)

俺が名前を見つけるのとほぼ同時に

「やったぁーーーー!!」

ミサが跳ねた。俺の名前の下には「幸平ゆきひらミサ」の名前。同じクラスになれたようだ。嬉しくて泣きそうになったが、上手く我慢はできた。

「あれ、ワタルくん、なんで泣いてるの?」

我慢できてなかった。

「いや、嬉しくて……」

「えへへ、かわいいかわいい」

ミサに頭を撫でられる。おい、周りが見ているだろ。

恥ずかしいのでこの場を離れ教室に向かおうとする。

「待ってよぉ」

ミサもついて来た。

これから楽しい高校生活が始められそうだ。



「あ、また私の前だねぇ」

「ほんとだ。よろしくね」

座席は窓際の後ろから2番目。ミサはその後ろだ。

中学からこの並び、やっぱり安心するな。

座席に着いて、入学式が始まるのを待つ。


--先生が入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大好きな彼女の笑顔を守りたい 眞鍋 晋平 @Jamira_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る