第8話

 解放されてから帰路に着いたとはいっても、僕の疲労は取れなかった。食事も喉を通らず、僕は疲れたからと二階の寝室へ戻った。


 結婚して以来、両親の部屋を使っている。二つのベッドと椅子のみの、簡素な部屋。

 ラオのベッド脇には小さなテーブルがあり、その上には小さめな照明器具と本が二冊乗っている。

 以前使っていた部屋は子供たちの寝所になり、いつも楽しそうな声がきゃっきゃと聞こえる。


 今はまだ一階にいるのか、部屋は静まり返っていた。しかし頭の中は喧しくて仕方ない。

 窓際に置いてある椅子に座り込み、外を眺めながら自分の声を聞く。


 あぁ、どうしよう。どうしてこうなってしまったのだ。


 僕があの時、少しでも止められていたら、テレジーナ姫を手にかける算段など、聞かなくても良かったのに。

 魔女の話は決して恩恵を分け与えるなどという、生易しい物ではない。だけど僕には、どうしてもできない……!

 いっそ国王に直訴してはどうだろうか。いいや、きっと聞き入れてはくれないだろう。恋慕の情は理性を壊す。燃え上がれば燃え上がる程、冷静な判断などできぬものだ。


「お城から帰ってきてから、顔真っ青よ。大丈夫?」


 気が付くと妻が入って心配そうにこちらを覗いていた。ラオは三年前に城を辞めて、両親の店を継いだ。

 両親が歳を取り、長時間の仕事が難しくなってきた事が一番であった。

 薄暗かった部屋に、光が灯る。ラオが付けたのだろう。光が部屋を包み、僕は眩しさに目を隠す。そして弱々しく口を開いた。


「僕は、僕は人の命を奪う為に猟師をしているんじゃない……」


 城の仕事はとても楽しかった。宮廷付きなど、よっぽど腕がいいか、運が良くなければなれない。

 親の勧めで受けた試験に受かり、たまたま合格して宮廷付きになっただけ。ただそれだけだったのに。


 この銃を、僕が受かった事を知った時にくれた銃を、人の血で汚すわけにはいかない。


「貴方が国王陛下と新しい女王様の事で悩んでいるのは知っているわ。マルゼッタ様が亡くなられた時も、貴方は涙を流していた。それほど綺麗な心を持ち合わせているのよ」


 椅子の傍で、優しく僕の目を隠している右手を優しく握った。目が光に包まれ、情けない顔を晒す。


「貴方は貴方の正義を信じて、何かを成し遂げればいいのよ」


 微笑む彼女に、心が震えたのを確かに感じた。ラオを抱き寄せ、腕を回す。あらあら、と気の抜けた声を出しながら、背中をポンポンと叩いてくれる。

 その安心感で、僕の目からは塩辛い水がいっぺんに溢れ出したのだった。

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