第9話

 次の日、家を訪ねてきた兵によって起こされた。なんでも国王からの呼び出しらしい。


 玉座の間で陛下から話を聞くと内容はテレジーナ様の護衛を任されてほしいという。

 それも、ハッセン様が僕を直々に指名した、と。街を少し進んだ所に馬車が用意してあるので、森まではそれが送ってくれるらしい。


 なんでも姫様には、もっと素敵な自然を見せてやりたいとのお心遣いらしい。

 そんな事は建前で、きっとこれを機会に心臓を捧げよ、との事だろう。なんて狡賢い。なんて姑息な手だ。


 しかし陛下自身は、なんて慈悲深いのだろうと語っており、終始奥歯を強く噛み締めていたのはいうまでもない。

 気を使わせないようにと、護衛に当たるのは僕のみだそうだ。魔女が考えそうな手だなどと思いつつ、姫様と落ち合う場所まで案内された。


 案内役は顔馴染みの門兵であった。いつも玉座の前で門兵の職務を全うしている。

 そんな彼は僕と二人になるなり、ぼろぼろとハッセン様への愚痴が溢れ出た。


「あの変な鏡を何度見せられた事か。それにあいつは決まって、ハッセン様が美しいだなんていってのける。いい迷惑だよ。俺たちのような下働きに自慢話をずっと聞かされるんだぜ?」


 布の擦れる音と、地面に槍がぶつかる音。それからぺらぺらと喋る男の声のみが響く。その間も、僕は地面ばかりを目に写し、黙りこくっていた。


「テレジーナ様も、きっと窮屈な思いをしていらしている。いい気晴らしになればいいのだがなあ。さて、そろそろ来られるぞ」


 裏門の前で待つこと少し。

 通用口からメイドを二人連れて、初めて近くでお会いした時のマルゼッタ様と同じ、深い青色のドレスに身を包んだテレジーナ姫様が歩いてきていた。

 黒の髪には赤いリボンがつけられている。お母様と似て、白い肌がこちらからでも眩しい。


 こちらに気付くと、姫はメイドを振り切って走ってこちらに来られた。後ろにいたメイドたちが驚き、後ろを追う。しかし、早い。

 追いつけないメイドは、お待ちくださいと叫んでいる。耳も貸さず、とうとう僕の目の前で止まった。


「貴方が今回、私の護衛をしてくれるキトラさんですわね! しばらく自由に外へ出る事がなかった私に、気をお使いになってくださったお母様に感謝しなければ」


 まだあどけなさを残した顔は、コロコロと表情が変わる。

 赤に染まる頬や、長い睫に、鈴のような声。

 その全てが今日という日がとても幸福になると信じてやまないと語っている。

 ようやく追いついたメイドが、一国の姫が、走るなんてはしたない! と口やかましく注意をしている。

 若いメイドは乱れた髪を整え、困った表情を崩さない。だが当の本人は聞く耳持たず。

 早く外へ出してくれ、といわんばかりにうずうずしている。その姿はまるで飛ぶ事を禁じられ、鳥かごの中に閉じ込められた小鳥のよう。


「わかった、わかりましたドロシーさん。とにかく私はキトラさんの傍を離れなければいいのでしょう?」


「はい。絶対離れてはいけませんからね。ではキトラさん、くれぐれもよろしくお願いいたしますね」


 バスケットを受け取り、中は昼食が入っている旨を伝えられた。ぐいぐいと引っ張られる腕に、半ば引き摺られながら門をくぐる。

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