第2話

「魔族が魔族領の境界線付近で防衛しているのは、ご存知のとおりだと思う。我が軍隊が突破しようと試みたのだが、あいつらは頑丈かつ妨害魔法に長けているから、中々うまくいかん」

「パワーに優れている三番軍隊でこれなら、魔力には長けてもパワーには劣る、我々二番軍隊でも太刀打ちはできないかもしれんな……」

「魔力に長けているとは言っても、魔族には勝てませんしね……「おい。余計なことを言うな、副隊長」

「師匠方でも手こずっている状況、我が一番軍隊といえども苦戦することは必至です。どうにか手を打ちたいところではあるのですが……」

「父上も各国の王と協議を進めているそうだが、良案は出てきていないそうだ」

「王子!」

「魔族ですら手こずっている状況、魔王が出てきたら、この国は即座に滅ぼされてしまうだろう。魔王を殺すのも魔族を滅ぼすのもできないのならば、せめて国を守るために何か対策を取らなければいけないのだが……」


「安心しろ。貴様らは今日、ここで死に絶えるのだ」

「魔王!」

「俺は使命を果たすのみ。無駄に抵抗してくれるなよ?」


 ――その日、一つの国が滅びたという。




◇◆◇◆◇◆




 魔王様は本日も人族の国を滅ぼしているために魔王城にはいない。約束していたお茶会も開くことのないまま。お父様から「魔王様がご帰還された日の翌日に交流パーティーを行う」と連絡をいただいた。

 私をはじめとする魔法妃候補の令嬢達が魔王様と交流を深めるためのパーティーとのこと。「魔王妃はシェリーに決まったわけではない」と何度も念を押さなくても分かっているわ。でも、私以外は魔王妃になるとは考えにくい。

 そうよ。魔王様と一番お話していて仲が良く、魔王様の使命を解放するために頑張っている私以外に、魔王妃が務まるとは思えないわ。でも、もし、魔王様が私以外を選んだら……?


 ――私の大切なシェリー。なぜ悲しそうな顔をするんだ? 今は幸せなんだろう?


 ――幸せ過ぎて怖いか。贅沢な悩みだな。私がいる。何も恐れることはない。


 ええ。そうね。魔王様。少しでも貴方を疑ってしまってごめんなさい。もう大丈夫よ。


「そうだわ。魔王様と、ずっと一緒にいられる方法があるじゃない……!」

 魔王様を殺したり、禁呪を使ったりしなくても良い。使命に縛られて可愛そうな魔王様を救うために私ができることがあるじゃない。

「魔王様の力を奪えばいいのよ……!」

 そう。魔王様とて万能ではない。お父様譲りの支援魔法と妨害魔法があれば魔王様を傷つけることなく魔王の力を奪うことは可能。

「ふふ……ふふふふ……魔王様、待っていてくださいね」

 これなら、魔王様は、ずっと、私を、私だけを、愛してくれるわ……!




 魔王様が帰還された日の翌日。魔王様と他の魔王妃候補の令嬢達との交流パーティーは魔王城の庭園にて行われることになった。私が魔王城の庭園に入ると他の魔王妃候補令嬢達が既に集まっていた。

「シェリー様、御機嫌よう」

「皆様、御機嫌よう」

「おお。皆、集まったか」

「お父様! 皆様、ごめんなさいね。また後で」

「ええ」

 お父様が来たため、私は魔王様のことを聞こうと令嬢達に謝罪をして離れた。


「お父様! 魔王様と一緒ではなかったの?」

「ああ。私だけ先に様子を見に来たのだ。魔王様は直に来られる。少し待っていなさい」

 お父様に魔王様のことを聞くのに夢中になっていたため、令嬢達が私が離れた後で何を話していたのかは知らなかった。




◇◆◇◆◇◆




「シェリー様、少し変わられた様子ですわね?」

「ええ。何があったのかしら……? 今のシェリー様は少し怖いわ……」

「シェリー様は、腹心の娘の立場を利用してでも魔王様にアピールを欠かさないと聞きましたわ。私、ライバルではありますが、行動力のあるシェリー様を尊敬していますの」

「でも……シェリー様が押しが強くて魔王様が困っていると、私、父から聞きましたわ」

「貴女のお父様は近衛隊長でしたわね。でも、それくらいなら、まだ私達よりも有利というくらいでは?」

「ええ、でも、どうしてでしょう。何か、得体の知れない怖さを感じるのです……」

「シェリー様に、一体、何があったのかしら?」

 令嬢達は、魔王様に話しかけるタイミングを探しつつ、なるべく今日のシェリーには接触しないようにしようと話し合うのだった。




◇◆◇◆◇◆




 魔王様と魔王妃候補の令嬢達との交流パーティーの翌日、私は身近な夫婦例である、お姉様の元を訪ねていた。一番身近な夫婦例はお父様とお母様だが、二人は多忙の身なので、遠慮したの。

「お姉様、御機嫌よう」

「シェリー、御機嫌よう。久しぶりね。さぁ、おかけになって」

「ありがとう。お姉様」

 応接間で、お姉様に座るように促されたのでソファーに腰掛ける。侍女はいない。お姉様が「妹と二人きりにして」と退室させたのだ。


 お姉様に淹れてもらった紅茶を飲んで一息ついたタイミングで、お姉様に声をかけられた。

「今日は、どうしたの? シェリー」

「あのね。お姉様の夫婦生活について聞きたいの」

「あら。どうしたの?」

「魔王様と夫婦になったら、どんなことをするのか、少しでも知りたくて」

「あらあら。まだ気が早いわよ?」

 お姉様まで……。

「シェリー?」

 不思議そうに私を見る、お姉様。

「お姉様は私が魔王妃になれないと思っているの?」

「え?」

「私、魔王様に、いっぱいアピールしたのよ。魔王妃になれるように。他の魔王妃候補達には負けないと思っているわ。ねぇ、お姉様は私が魔王妃になれないと思っているの?」

「シェリー。よく聞いて。私は貴女が魔王妃になれないと思っているわけではないわ」

「なら!」

「よく聞きなさい。シェリー。まだ魔王様は誰も選んでいないの。魔王様が魔王妃を選ぶ日について、貴女は何か聞いているの?」

「まだよ。それが何の……「いいから、聞きなさい。魔王妃を選んでから、すぐに挙式、すぐに夫婦となるわけではないのよ。魔王妃になるための心得を学ぶための期間というのがあると、お父様から聞いたことがあるわ。だから『まだ気が早い』と言ったのよ。大丈夫よ。貴女が正しく魔王様へのアピールを続けていれば、魔王様もきっと応えてくれるわ」

「そうね。そうよね……。お姉様、ありがとう」

「いいえ。私の可愛い妹。参考になったのなら良いのだけれど……」

 私が何か口を開こうとしたタイミングで応接間のドアをノックする音が聞こえた。

「何かしら?」

 侍女は退室させたため、お姉様が自分で応接間のドアを開けると、執事がいた。

「奥様」

「何かしら?」

「シェリー様とのお話中に失礼いたします。大旦那様が奥様をお呼びです」

「お義父様が? 何かしら?」

「申し訳ありませんが、お急ぎのようです」

「わかったわ。すぐに行きます。ごめんなさいね、シェリー。お義父様に呼ばれてしまったわ」

「気にしないで。お姉様。今日はありがとう」

「また、いつでも来て」

 私は、お姉様の元を辞することにした。




◇◆◇◆◇◆




「すまなかったね、急に呼び出して」

「いいえ。お義父様、どうしたのですか?」

「うむ……君の妹の話だ」

「シェリーの?」

「ああ。近衛隊長から聞いたのだ。魔王様への押しが強く、魔王様が困っていると」

「まぁ……!」

「それだけなら大きな問題にはならんのだが、近衛隊長が言うには『最近、シェリー嬢が何かに取り憑かれているように見える』と」

「お義父様。先程シェリーと話をしていたのですが、シェリーは何かに取り憑かれているようには見えませんでした」

「そうか。おかしな様子はなかったのだな?」

「取り憑かれている様子はなかったのですが、実は……」

 シェリーの姉は、自分が先程の会話の中で感じた、妹の思い込みの強さに対する不安について話すことに決めた。

「ふむ……念の為、私の方から近衛隊長には伝えておこう」

「あの子のこと……よろしくお願いいたします……!」

「分かっている。悪いようにはせんよ」

 シェリーの姉は深々と義父に頭を下げるのだった。

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