第1話

 朝。魔王がいる王の間に若い娘が入ってきた。

「魔王様。おはようございます」

「ああ。おはよう」

「こら。シェリー。お前はいつもここに勝手に来て……。これから私と魔王様で大切なお話をするのだ。お前は退出しなさい」

「お父様も、おはようございます。お父様は意地悪ね。朝の挨拶くらい多目に見ていただけませんこと? 魔王様! 近いうちに一緒にお茶の時間を過ごしていただけますか?」

「気が向いたらな」

「ふふっ。嬉しい。では、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

 淑女の礼を取り、去る彼女。


 父と呼ばれた腹心は、彼女を去っていくのを見送った後、深い深いため息をつく。

「魔王様、本当にすみません。先に嫁いだ姉の方は何も問題なかったのだが、どうしてこうも遠慮のない猪突猛進な子になってしまったのだ……」

「気にするな。あやつも俺の妃候補の一人なのだ。俺がいるときに、ああやってアピールしてくるのは必要な行為なのだろう。他の妃候補に比べると押しが強い点については否定はできんが」

「しかし、魔王様。妃は一体誰に決めるのですかな? 我が娘シェリーであれば良いと父親としては願わずにはいられませんが、肝心の魔王妃としての適正を思うと、シェリーを魔王妃に薦めるには少々問題があるように思うのだ」

「決めねばならんということは重々承知している。お前には申し訳ないとは思うが、確かにシェリーは魔王妃とするには問題があるように感じている。だが、他の令嬢達を選ぼうにも、俺と接点がなさすぎてな」

「いえ、気にしないでいただきたい。ふむ……。アピール不足というやつですな。彼女達は何を遠慮しておるのか……」

「そんなこと決まっているだろう。俺の腹心の娘ということで遠慮しているのではないか?」

「むむむ……。こうなれば、魔王様と妃候補達の交流パーティーでも開く他ないか……」

「俺の代で使命を終わらせるためには、交流パーティーなど開いている余裕はないのだが」

「魔王様。これは魔王様の仕事の一つですぞ。魔王は魔族からしか生まれない。魔王様の御子が高い適正を持ち歴代の魔王になっている以上、お世継ぎを作ることも仕事の一つ「分かっている。分かっている。仕方がないな。パーティーを開くなら、日程の調整は任せたぞ」

「御意」


 魔王は玉座から立ち上がると、腹心に行き先を告げる。

「俺は人族の様子を見てくる。滅ぼせそうな国があれば滅ぼしてくるから、後のことは任せたぞ」

「御意。ご武運を」


「また今日も決められなかったか……」

 転移魔法を使い魔王がいなくなった王の間を見て、腹心は重い重い溜息をついた。




◇◆◇◆◇◆




「うーん。変に現実的な夢だと思ったから、もしかしたら本当にあるのかもと思って来てみたんだけど、やっぱり、ないのかしら……?」

 魔王様の使命をなくすには魔王様を殺すしかない。だからこそ、人族の国や冒険者ギルドでは、魔王様を殺そうとしている。魔王様は魔族からしか生まれないから、私達、魔族も滅ぼすつもりらしい。でも、私が魔王様を殺すなんてできるわけがない。私は魔王様と結婚して幸せになりたいのに肝心の未来の旦那様を殺してどうするのよ。だから、夢で見た古代の禁呪が書かれた文献を探しに、可能性が高い魔王城の禁書室へと来たのに……。


「それにしても、魔王様とのお茶会は本当に楽しみだわ。魔王様との幸せな日々を過ごすためにも、もう少し頑張りましょう!」

 そのために、お父様から仕事を頼まれたことにして管理人を説得したのだから。あまり長くは誤魔化せないかもしれないから急がないとね。




(危なかった……このまま彼女に例の本を拾われたら、世界が終わるところだった……)

(急がなければ。急いで消去するのだ。このままだと世界の作り直しもできずに、この世界が崩壊してしまうのだぞ!)

(分かっている!)


「あら? 何か動いたかしら?」


(急げ!)

(急かすな! よし。消えた。これで、本が存在した証拠も消えたぞ)

(これでよし。早く撤退するぞ!)

(ああ!)


「気のせいかしら? まぁいいわ。そろそろ、お昼ごはんの時間ね。一旦家に帰りましょう」

 急ぎたいけど無理は良くないから、焦らずにいきましょうか。




 ――ああ。魔王様。今日も私だけの魔王様……。いつもの甘い微笑みを私にだけ向けてくれるわ。


 ――ええ、そうね。私達の穏やかな最後の一時を貴方と一緒に過ごせるなんて、幸せよ。


 ――子供? いっぱい欲しいわ! でも、今しばらくは魔王様と二人きりがいいわ。子供ができたら魔王様を独り占めにできなくなっちゃうもの。


 ――まぁ。嬉しい! ええ、そうね。私達は死ぬまで、ずっと一緒なのだから……。




「あら?」

 いけない。お昼ごはんをいただいてからの記憶がないわ。ここは家の庭園……?

 私は家の庭園にあったベンチで座っていた。

「私は寝てしまっていたのね……」

 今は何時かしら……? 屋敷の時計を見て、すぐに走り出した。

「急がないと!」

 禁書室に入れるのは、おそらく今日だけなのだから、今日中に例の本を探さなければ!




 残念ながら、私は夢の中で見た例の本を見つけることはできなかった。

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