お嬢様、どうか、幸福(しあわせ)な夢を

弓月キリ

プロローグ

 魔王城には、とてもキレイな庭園がある。年中、様々な花や木が庭師の力でキレイに整えられていて、まるで一つの物語のよう。魔王城も白くて大きくてキレイだから、庭園から見るお城はわたくしがお姫様になったかのように感じさせてくれる。

 私は庭園で魔王様と二人きりのお茶会をしていた。

「魔王様」

 甘えるように、目の前の愛する人に声をかける。

「シェリー。どうしたんだい?」

 すぐに返ってくる私だけの甘い声。彼は、私に愛おしいといった言葉を告げず、甘く優しい微笑みで愛を伝えてくれる。

「なんでもないわ。魔王様、私達は幸せ者ね」

「ああ。私もシェリーと一緒にいられて幸せだよ」

「でも、魔王様……私達の幸せは長くは続かないのよ。魔王様の使命は、この本に書かれた古く封印された禁呪を使うことで消すことができたけれど、代償は大きかったわ」

 私は一冊の古びた本を取り出して、魔王様の目の前に差し出す。この本に書かれた禁呪は封印されていて、封印を解くためと禁呪を使うために必要な膨大な魔力を得るために、私と魔王様、二人分の寿命を使った。だから、私達に残された幸せな時間は長くない。十数年……数年? 一体この幸せな時間は、残された時間は、あと……。

「シェリー。いいんだ。私はシェリーと、こうして最後の穏やかで幸せな時間を過ごせるだけで満足だ」

 魔王様は、私を気遣うように、優しく頭を撫でてくれた。

「魔王様……ええ、そうね。死ぬまで、ずーっと、一緒よ」

「ああ。もちろんだ」

 私達は手を重ね合わせて、広がる『青空』を見上げていた――。




Happy End…?




◇◆◇◆◇◆




「王様。使いに出していた一番軍隊の隊長が戻ってきたようです。入れてもよろしいでしょうか?」

 侍従が王に声をかける。王は頷いて侍従に扉を開くように指示を出した。

「報告に参りました」

 立派な鎧をつけた若い青年が王の間に入り、敬礼を取った後に告げた。

「申してみよ」

「各地で起こっている、大雨、洪水、季節外れの大雪などの天変地異の調査は依然として難航しております。冒険者ギルドにも調査を行うよう伝えてはおりますが……」

「そうか……」

 王が重い溜息をつく。

「我々も二番軍隊、三番軍隊と協力をして国中の救助や支援活動を行っておりますが……正直に申し上げると、我々にも死傷者が多発する現状のため、このままでは……」

 苦々しい表情で青年が報告を続ける。

「やめよ。そなた達がいるから、まだこれくらいの被害で済んでいるのだ。そう、自分を責めるな。他国の状況も芳しくないようだ。せめて原因が分かれば対処のしようもあるのだが……」

 王の間に重く押しつぶされそうな沈黙が広がった。




 その頃、冒険者ギルドのギルドマスターの執務室では、冒険者ギルドの受付嬢がギルドマスターを静止しようとしていた。

「ギルマス! どこに行こうとしているのですか!」

「俺も行くために決まってるだろ!」

「あなたが行ったら、誰が冒険者ギルドをまとめるんです! 大将はここにいてください!」

「うるせぇ! そんなこと言ってる状況か!? 人生まだこれからな冒険者が次々と死んでるんだぞ!?」

「冒険者は全員きちんと覚悟の上で動いています! あなたが行っても死人が増えるだけですよ!」

「わかってる! 相手はモンスターや魔族じゃねぇ。自然が相手だからな。だけど、じっとなんかしてられねーだろ!」

「わかってますよ! 我々だって、そんなことくらい! でも、こういう状況下だからこそ、落ち着いて指示を出して報告を受け、まとめるような人が必要なんです!」

「クソッ!」

 ドガッっという音がするくらい、ギルドマスターが乱暴に椅子に座る。受付嬢はそれを見て、ため息一つつくと、執務室の窓から見えるどす黒い色をした雲を見てぽつりと、泣きそうな顔と声でつぶやいた。

「どうして、こうなっちゃったの……」




◇◆◇◆◇◆




 気づいたとき、私は自身の部屋の天井を見上げていた。

「……?」

 ベッドから起き上がって自分の身の回りを確認してみるが、あのとき身につけていたドレスではなく、寝るときに着ている服だし、何より傍に魔王様がいなかった。

「夢…?」

 それにしても、変に現実的な夢だったわ……。人族のことなんて私はあまり詳しくはないのに夢に出てくるものなのかしら……?

 でも、夢のおかげで大切な使命に気づけたのだから、良かったと思うことにしないといけないわね。

「魔王様が世界を滅ぼす使命を持ったままだと、私達が幸せになれないわ。魔王様は私がお助けするのよ!」

 そう。未来の魔王妃として!

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