第14話 敗走
両家の騎士団による戦闘は、半日にも満たない、ごく僅かな時間で雌雄を決した。数でも戦術でも、イシス家の方が何倍も上手であった。リグ家が戦闘らしい体裁を取れていたのは、傭兵の夜襲による撹乱効果と、その傭兵たちが前線を維持していた間だけだった。
最早隊列を組むこともできず、三々五々、砦に戻った騎兵を中心としたリグ家騎士団は、見るも無惨な様子を晒し、同家の負け戦であることを示した。
その様子を見ながら、しかしリディアには何かを感じる余裕はなかった。傭兵団にも被害はあり、死者こそ出なかったものの、重傷者は相当数出ていた。その上、雇い主である騎士団は、負傷者に治療の手を回す余裕はない、といい、傭兵たちは自分たちの力で、負傷者の治療をしなければならなくなったのだ。リディアも腕を失ったひとりの傭兵の治療のために、戦場慣れた傭兵の治療を手助けし、砦の中を奔走した。
「……まさか、これほど酷い状況とはな」
ややあって、ある程度の落ち着きを取り戻した頃。リディアの横にゴドウィンが来て、呟いた。
「もっと上手く行くつもりでいたのか?」
「そうじゃない。おれの計略は、およそ予定通りだ。これ以上の効果は出せないし、これ以下には絶対にさせない」
ゴドウィンの夜襲は所定の効果を上げていた。それは、確かにリディアにも理解できた。
「リグ家の戦下手さ。リグ家は以前から、こんな戦略の欠片もない戦い方を繰り返してきた。その癖、戦を止めたがらねえ。いま、話してきたが、自分たちは負けてねえと言いやがる。こんな下らない戦のせいで、兵は傷つき、民は苦しむというのに」
「……まさかあんた、全て知って、こっちに付いたのか?」
リディアは、ミルダの言葉を思い出していた。ゴドウィンが貴族騎士団の将を辞した理由。実際に命掛けて戦っているのは傭兵か、食えなくなった領民か。ゴドウィンは、その状況に嫌気が差した。そういう男なのだとすれば、もしかしたら負け戦を繰り返して尚、現実を見詰めることのできないリグ家に付いて、兵や民の命を、少しでも救おうと考えたのではないか。ふいにリディアの頭に浮かんだのは、そうした孤独で無謀な戦いをする『閣下』の姿だった。
「おれはそんな高尚な人間じゃない。それはお前も知ってるだろ」
「どうだかな。……だが、いずれにしても、この戦は負けだろう。もうリグ家には兵がない」
「ああ。おれもその一点で押したよ。それで
ゴドウィンの手がリディアの肩に置かれた。分厚く、硬い掌。強い熱が伝わった。
「
リディアはゴドウィンの顔を見ずに頷いた。もう一仕事、この男は少しでも傷つく人が出ないように、一番危険な戦いを買って出るつもりだ。
「ほったらかしで、悪いな」
「気にしてない。いまに始まったことでもない」
ぶっきらぼうに言ったリディアの肩を、ゴドウィンが二度、叩いた。
「それで、お前の目的は、どうだ」
「魔剣は……」
リディア自身、生き残るのに夢中で、半ば忘れていた。だが、この戦の中では、魔剣の力を感じなかった。
「そうか。フィッフスの外れか」
「そうなのかも知れない。まだなんとも言えないが……」
「とにかく、お前も退く準備をしろ。騎士団はすぐにでも砦を捨てるぞ」
ゴドウィンが言い置いて、立ち去ろうとした時だった。
リディアは、背中に背負った紅い剣が、熱を放つのを感じた。
反射的に、リディアはゴドウィンの肩を引いた。なんだ、とゴドウィンが振り向いたが、リディアはその理由を上手く言葉にできなかった。紅い剣が熱を放っている。それだけであれば、そのままを説明できた。だが、ゴドウィンが振り向いた直後、既に紅い剣は熱を持っておらず、代わりにリディアはそれまでとは違った感覚を覚えていた。
リディアが感じていたのは、最前までは砦になかったはずの冷気だった。
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