第10話 戦士たちの考察

「牧師ぃ? 神父のことか?」

「……というのか? とにかくあれだ、天空神教会の衣装を纏った傭兵だ」


 夜は砦の食堂で夕食を取った。広い食堂には長い机が置かれ、傭兵も騎士も、ばらばらに座って各々食事を取っている。

 リディアは対面に座ったミルダに、先ほど声をかけてきた男のことを訊ねた。ミルダやゴドウィンのような長く傭兵として戦っているものであれば、あの傭兵のことを、何か知っているのではないか、と考えたからだ。


「そんな野郎がいるのか。ふざけてるな!」

「……何も聞いたことはないか」

「ないな。もしかしたらそいつ、相当弱いんじゃあねえか?」


 傭兵の社会は、強さがものを言う。強ければ噂は広まり、弱ければ存在自体、忘れ去られる。どんなに特異な衣装で気を引こうとしても無駄だとミルダは言った。


「もしくは傭兵に成り立てとか。まあ、わからんな」


 ミルダは豪快に笑うと、眼前の肉に齧り付き、例の丈夫そのものの歯で食い千切った。

 リディアにはあの男が、ミルダの言った通りには当てはまらないように思えた。傭兵に成り立て、と言うにしては、あの男が纏っていた空気は戦い慣れたものの空気であったし、弱い、とも感じなかった。ゴドウィンを基準に動物としての強者弱者の見分け方を学んでいるリディアには、その評価に自信があった。

 では、なんであるのか。あの男の場違いに楽しげな笑いが、リディアの頭の中を過る。


「シャーリン・ティネット」


 曖昧な焦点のまま、机の上に落とされたリディアの視線の中に、新しい料理が置かれる。それを置いた手を辿って顔を上げると、そこにはゴドウィンの姿があった。


「あれは元神父だ。天空神教会のな。本物だ」

「シャーリン……」

「なんだ、『閣下』は知ったやつなのか?」

「いや、知らんさ」


 ミルダの隣に腰掛けたゴドウィンは、豆の汁物に口をつけた。リディアも食していたが、美味いとも不味いとも言えない代物だ。


「ただ、不穏な話を聞いたことはある。裏が取れんから、本当のことかもわからん」

「まあ、傭兵なんてのは、大体そんなやつばかりだな」


 ガハハ、とミルダが笑い、そんなことよりもだ、とゴドウィンが話題を変えたので、元神父の傭兵の話はそれまでになってしまった。


「明日、リグ家は打って出るらしい」

「はあ? 馬鹿なこと言うんじゃねえ」

「打って……つまり、砦から出て戦う、と?」


 ゴドウィンが食卓用の小さな刃物で料理を切り分け、少しずつ口に運ぶ。ミルダと同じ肉料理だが、ゴドウィンの食べ方は丁寧で、綺麗だった。必然、同じ料理とは思えないものが皿に残っている。


「ああ。さっき呼ばれたのはその件だ。おれたち傭兵に、その露払いをさせてやる、と言ってきやがった」

「つゆ……」

「つまり、騎士団より先に出て、攻め込むための道の掃除をしておけ、ってことさ、坊主。それにても、正気か、あいつら」

「ああ。戦いを知らないにも程がある」


 リディアはミルダとゴドウィンのやり取りを聞きながら、二人が意図している内容を考え、首をかしげた。先にゴドウィンは、騎馬騎士中心の編成をした騎士団を指して、山岳砦を守っての籠城戦をやるには不向きだ、と話していた。そうだと言うのであれば、打って出て、砦の外で戦うのが必然のように思えたからだ。


「ふん、わからねえか、坊主」

「たった二日の行軍とはいえ、兵が疲労している。そしてこの岩山の地形。騎馬で駆け下るにはあまりにも不向きだ。さらにもうひとつ言えば、籠城戦が昨日今日始まったものではない、ということだ」

「つまり、イシス家は打って出て来るリグ家にも、十分対応できる陣を張っちまってるのさ。そこに罠があります、って言われて、飛び込む馬鹿な獣はいねえ。リグ家がやろうとしているのは、そういうことだ」


 そもそも、騎馬騎士ではないのだ、とゴドウィンは言う。もし騎馬騎士なのだとすれば、砦とは別に、敵の陣を奇襲すべきだ、と。


「わかったか、坊主」


 ミルダが豪快に笑う。坊主呼ばわりされるのが癪に触ったが、事実、戦場の戦略にまでは頭が回らない自分は、まだまだ『坊主』なのだろうとリディアは思う。

 ゴドウィンがこちらを見て、微笑んだ。


「まあ、これから覚えればいい。お前はまだ若い」

「で、どうするよ『閣下』この仕事、割に合わねえぜ」


 ミルダに問われ、ゴドウィンは静かに切り分けた肉料理をひと切れ、口に運んだ。


「……露払いはする。だが、誰も死なさん。おれに考えがある」


 強い眼光と共に放たれた言葉は、リディアも知らない、『閣下』と呼ばれるゴドウィンのものだった。

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