第9話 赤髪の牧師
次の夕刻までに、騎士団はリグ山岳砦に入った。
一団は途中、幾つかの小さな集落を経由した。リディアはそこで暮らす人々に、この地に来た目的である『魔剣』の存在について聴取した。しかし、手懸かりになるような話が出ることはなかった。
「魔剣が兵器だと言うなら、必ず戦いの場に現れる。そういうものだ」
ゴドウィンがそう言ったが、リディアは頷かなかった。魔剣の力の強さを、恐怖を、知っているからだ。戦いの場に現れた時では、手遅れになっていることも十分にあり得る。魔剣とは、そういう存在であった。
到着した砦は、リディアが考えていたよりも大きなものだった。城と呼んでも差し支えないだろう。堅牢な、そして豪奢な作りで、外から見るといかにも貴族が好みそうな飾り窓や装飾が施されていた。実用とは縁遠い装飾が施されたのは、リグ家とイシス家の意地の張り合いの結果だ、とゴドウィンが言った。
「貴族様が、無駄な意地の張り合いをするから、戦いはなくならねえし、民に平安も訪れねえ」
本当は、貴族によって守られるべき民に、不安と困窮を強いる。それがこの土地の現実だ、と続ける。
「どこでも似たようなものだろう」
「武力を提供し、人々を守る代わりに、養ってもらう。騎士と平民の関係性は、そうして始まったものだ。どちらが上も、下も、本来はない」
だが、とリディアは反論しようとしたが、ちょうどその時、ゴドウィンがリグ家騎士団の将に呼ばれ、リディアから離れていった。
ひとりになったリディアは、手持ち無沙汰な身を、荷運びを手伝うことで紛らわせる事にした。騎士団が持ち込んだ様々な物資を、下働きも兼ねている傭兵たちが運んでいる。リディアは荷馬車から木箱を手に取ると、それをもって砦の入口から中に入った。
中は、外見の通り広く、高い天井を持つ作りだった。やはり、砦というよりは、城や貴族の屋敷に近い。唯一言えば、素材に木材がほとんど使われておらず、屋敷のような温もりは感じない。その点だけは、山の中に作られたという事情を反映して、資材を現地調達で賄ったのだろう、と知れた。
正面玄関口に相当する場所から入ってすぐ、天井の高い広間に、物資が集められていた。リディアも周囲に倣い、手近な柱の側に、抱えた木箱を置いた。その時だ。リディアは自分を見つめる視線に気付いた。
昨晩のことがある。リディアは緊張に身を強張らせ、視線を感じた方に顔を向けた。無遠慮な視線だった。見ていることを隠そうともしない。リディアが向き直っても、相手は視線を逸らすことはしなかった。
「……あんたは」
リディアは昨日の朝のことを思い出した。出立した朝のことだ。リディアを見つめる二つの視線。ひとつは昨夜、リディアが斬り捨てた巨漢。そしてもうひとつが、この男だった。
「聞いたぞ。お前、味方陣営の傭兵に襲われて、斬殺したんだってな」
黒一色の服は、天空神教会の牧師が纏う衣服だ。それを着崩した赤髪の男は、そうリディアに訊いてきた。ただ、気になったのは、その言葉に乗せられている感情だった。味方殺しをした、と断罪するわけではなさそうで、そのことから、昨夜死んだ男とは関わりのない傭兵だとわかった。愚かな行為だと咎めたり、馬鹿にしたりするわけでもない。そうした感情は読み取ることができない。
男の声音には、どこか楽しむような気配がある。楽しいことを見つけた、思い付いた、と言うような、浮かれた空気だ。その空気は言葉からはあまりにもかけ離れていて、リディアは男が何を言いたいのか、何のために話しかけてきたのか、まるで理解できなかった。
「……それが、あんたと何か関わりあいがあるのか?」
「いいや、何も。ただ、感謝したくてな」
「感謝?」
あの巨漢が死んだことを感謝したい、というのであれば、やはり何か、関わりがあった人物なのか。リディアがそう理解しかけた時、男が続けて口を開いた。
「なるほど、そういう選択肢もあったな、と教えられたのでな」
燃える炎のような癖のある赤毛は長く、肩まで掛かったその髪を翻して、牧師の衣装を纏った傭兵はリディアの返答を待たずに背を向けて、歩き去っていった。
リディアは男の言葉の意味を考えたが、どうしても男が言おうとした本当の意味にはたどり着かなかった。
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