第5話 ゴドウィン傭兵団
戦地となるリグ家の山岳砦までは、およそ二日の行軍だった。途中、野営で一夜を明かし、二日目の夕刻に山岳砦に入る。
「リグ家とイシス家ってのは、あの小さな山脈を隔てて、先祖代々領地争いをやってるそうだ」
「じゃあ、これから向かう山岳砦は……」
「ああ、そうだ。どっちが先に着工したかは知らんが、あの山の上を、取ったり取られたりしてるうちに、互いの家が金を出して完成させたらしい」
「ずいぶん仲がいいんだな」
野営の天幕を張りながら、リディアはゴドウィンからこの土地の情勢を聞いた。両家は遡れる限りの祖先の間、ずっと領地争いをしているらしい。揉め事の始まりが何であったかは、双方共同じく、現当主は知らないはずで、おそらく、ただ昔から争っているから、という理由だけで争っているのだ、とゴドウィンが言った。
「そんな理由で、何百年も争うことができるのか?」
「人間はそんなに頭のいい生き物じゃねえ。俺の知る限りではな。変えない方が楽なこともある。特に、金だけ出して自らの命に危険が及ばない連中は、な」
そういうものか、とリディアはとりあえずゴドウィンの言葉を飲み込む。納得はできないので、喉の辺りに詰りを覚える。
リディアとゴドウィンを含む、数人の傭兵たちが任された天幕のひとつが立ち上がり、次の天幕設営に取り掛かる。傭兵は戦力ばかりでなく、人足としても使われるのが常だった。リグ家の騎士たちは、訓練、と称して木剣を振り回す遊戯に勤しんでいる。
「『閣下』あんたにそんな趣味があったとは、知らなかったぞ」
豪快な笑い声と共に、男が歩み寄ってきた。ゴドウィンと同じくらいの年齢か。背はないが、筋骨隆々とした体型も、どことなくゴドウィンに似ている。髭を蓄えていることも同じだが、ゴドウィンと違って手入れというものがまるでされておらず、無精の末に伸び切っただけなのだろう。頭に乗せた小さな兜は、大きさがまるで合っておらず、無精髭と一緒になって、全体に薄汚れた印象を見ているものに抱かせる。
「酒好きの癖に堅物、かと思えば、そっちの趣味が子どもとは。全く、畏れ入るぜ」
腰には二丁の手斧が下がっていて、男が一歩踏み出す度に大きな音を立てた。その音だけでも、一本が相当の重量があることが分かり、それを片手で一本ずつ使うのだとしたら、人間離れした膂力の持ち主だ、とリディアは察した。察したが、ニヤリと笑ったこの男の言葉を許容する気にはならなかった。
「何だと……」
天幕設営のための工具をその場に落とし、長い黒髪をかき上げたリディアは、小汚い男に身体を向けた。地を蹴ろうとしたところで、ゴドウィンの手にそれを制された。
「相変わらずだな、ミルダ」
「山賊頭ミルダ様が来てやったぜ。おれの部下もな。全く、なんだってこんな奥地で雇われやがったんだ、『閣下』。気まぐれにもほどがあるぜ」
「ミルダ……?」
リディアが男の名を口にする目の前で、ゴドウィンとミルダが抱擁して挨拶を交わす。
ミルダの名は、ゴドウィンから聞いていた。ゴドウィンを慕う傭兵は多く、非公式ではあるが、傭兵団のようなものが作られている。非公式なのは、ゴドウィンがそれを認めていないからで、理由は、ひとりの方が気楽だからだ、というが、とにかくミルダはそうした所謂『ゴドウィン傭兵団』のひとりで、元は山賊として各地を荒らし回っていた罪人だという。
「今回は、訳ありでな」
「あんたが息子を連れてきたのがその訳か? まあ、興味ねえけどな。おれはあんたと戦えれば、何でもいい」
そう言って、ミルダは豪快に笑う。ゴドウィンも歯を見せて笑っていた。どうやら、先ほどの言葉は、ミルダ流の挨拶らしい。
「まあよ、でも、気を付けな、坊主。戦地での男色は傭兵の嗜み、みたいに考えてやがるやつもいる。そのために傭兵やってるようなやつもいるくらいだ。おれには分からねえ趣味だな。女とはしばらくヤれねえだろうから、さっきヤってきた」
ガハガハと笑うミルダの下品さは、リディアには許容できないものだったが、ゴドウィンにはいつものことなのだろう。特に何も言わずに、ミルダに天幕設営を手伝うように指示を出す。ミルダは反論することもなく、ゴドウィンの指示に従い、天幕設営を始めた。
「『リディアの名が汚された』と腹を立てたか?」
「……そんなこと……」
「ミルダは無法者で品位の欠片もないが、嘘は言わない。そして勇敢だ。戦場では頼りになる。……その名を名乗る限り、こんなことはいくらでもある。お前が選んだのだろう? 覚悟を決めろ」
さあ、続けるぞ、とゴドウィンに背中を押される。リディアは振り上げた拳の下ろし場所に悩むような、何とも言葉にできない、もやもやとした感情を抱いてはいたが、それを払拭するためと思って、天幕設営に集中した。
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