第4話 傭兵たちの世界

 寂れた板葺きのあばら屋が並ぶ街を抜けると、突然場違いな屋敷が現れる。この辺りの領有権を主張する貴族であり、今回の雇い主であるリグ家の屋敷である。色味のある焼き固めた石を使い、美しく装飾された屋敷は、その大きさも伴って、あまりにも場違いに見える。

 その屋敷の前に、人垣ができていた。リディアはその群れに近づいていく。

 屋敷には人の背丈の倍はある、巨大な門があり、人垣はその門の前にいた。誰も彼も武装している様子から、それが自分たちと同じく雇い入れられ、これから戦地に赴く傭兵なのだとリディアは理解した。


「おい、あれ見ろよ」

「『閣下』じゃねえか。本当かよ」

「だから、本当だって言ったじゃねえか」

「何だってこんな奥地に……」


 近づくリディアと、その背後に続くゴドウィンに気づいた群衆から、そんな言葉が漏れ聞こえて来る。


「諸君、お待たせした」


 人の群れにリディアとゴドウィンが加わった、ちょうどその時、門の向こうから声がした。傭兵たちの話し声が止み、門が開かれる。門の奥から現れたのは、鉄製の全身鎧フルプレートだった。男の声がその鎧から聞こえて来るが、面は降りた状態で、どんな人物が鎧を纏い、そこに立っているのかは、わからなかった。


「諸君にはこれから、我が騎士団と共に、南の山岳砦を防衛してもらう。南方から攻め上がるイシス家の騎士団は、数こそ多いが、我が砦の防備を崩すほどではない」

「……だったら、傭兵を雇う必要なんか、ないだろうに」


 リディアが小さな声で呟いた言葉を、ゴドウィンが鼻で笑った。この笑いは、同意の笑いだ。


「イシス家とは、長く領有権を争う相手である。今回こそは、徹底的に叩き潰すつもりである。皆、心してかかってくれたまえ!」

「もらった金の分は働くさ。金の分は、な」


 リディアの背後で、ゴドウィンが急に大きな声を出した。言葉の通り、ゴドウィンは働くはずである。だが、言葉の通り、ゴドウィンは働く幅を決めている。

 ゴドウィンがそう言ったことで、傭兵たちが声を上げ始める。いずれも『閣下』に同調する言葉だ。

 おそらく、リグ家の当主、マシラ・リグであろう全身鎧は、好き勝手に声を張る傭兵たちを前に、一言も次ぐ言葉を口にできず、ついには諦めたように門の奥に下がっていった。代わりに現れたのは、リグ家の旗印を着けた全身鎧の馬上騎士団で、その隊長と思われる騎士が怒鳴り散らして場を収め、傭兵たちには騎士団の後ろに続くように、と指示を出した。


「……こりゃ、負け戦だな。おい、リディア、こんなつまらねえ戦で死ぬんじゃねえぞ」

「……なぜ、負け戦だと思うんだ? 確かに、マシラ・リグの言葉に指導力は感じなかったが」

「それだけで十分な理由だ。お前もわかるようになったじゃねえか。もひとつ言えば、あの騎士団の編成だ。馬上騎士がほとんどで、歩兵が少ない。おれたちで補うつもりか知らんが、これからやるのは山岳砦に陣取っての防衛戦だ。てんで戦がわかっちゃいない」


 そう吐き捨てたゴドウィンの周囲で、傭兵たちが幾人も頷いているのが見えた。皆、いまの一瞬で見切りを付けたようだ。死ぬほどの仕事ではない、と。


「皆も死ぬんじゃねえぞ。適当に、引き際を見極めろ」


 ゴドウィンがそういうと、傭兵たちの間に笑いが漏れた。当然、そのつもりだ、とでも言いたげな傭兵たちを、リディアは端から見回していった。

 様々なものがいた。体格や風貌から、歴戦の戦士を感じさせるもの。それとはまるで異なるもの。男。中に数人、女もいた。皆、様々な理由を背負ってここにいる。これが、傭兵の世界か、とリディアは大きく息を吸い込む。

 中でも、リディアの目に強く印象を残したのは二人で、一人は人とも思えぬ巨漢の男。気味の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていたのが気にかかった。

 もう一人は、黒い衣服に身を包んだ、赤い髪の男だった。体格に恵まれ、背が高い。だから目を引いた、というわけではなく、リディアが気にかかったのは、その黒い衣服のせいだった。それは、このアヴァロニア大陸最大の信徒を持つ宗派、天空神教会の、牧師が纏う衣服だった。


「牧師……?」

「おい、リディア、突っ立ってないでいくぞ」


 気がつけば歩き出していたゴドウィンが、リディアを呼んだ。牧師姿の傭兵のことは気にかかったが、ゴドウィンに鈍間扱いされたことに苛立ちを覚えたリディアは、その男に背を向けて、すぐに歩き出した。そして、歩き出した時にはもう、牧師のことは忘れていた。

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