第30話 噂

 隣国の王弟がテグペリ公爵邸を訪れる三週間ほど前、ある噂が王都に広まっていた。

 王妃が王と共に報告を受けた噂の内容は次のとおり。


『真実の愛を知った第二王子ジョルジュが、元平民の男爵令嬢マリー・ピアフと身分差を乗り越え結婚する』


 先日、ジョルジュがドゥモン侯爵令嬢との婚約解消とマリーとの婚約を王と王妃に願い出た。


 ジョルジュとマリーが不適切なほど親密で、林間学校中に仲を深めたことは王と王妃も把握していた。

 王妃は学院に通う娘を持つ貴族夫人からマリーの悪評を聞いている。

 マリーの身辺調査を命じたところ悪評は概ね事実だったので、聖属性持ちであることを考慮に入れてもマリーを王家に迎える気はない。


 王妃は、愛する息子がたちの悪い女に引っかかって大層ムカついた。


 マリーはジョルジュとの仲を吹聴して回っている。ジョルジュのことは事実としても、ドゥモン侯爵令嬢に嫌がらせをされただの怪我をさせられただのと、嘘を広めているのは許しがたい。

 婚約者を悪者にして外堀を埋めているつもりか。ドゥモン侯爵令嬢の名誉を守らねばならない。


 そこで、「男爵令嬢マリー・ピアフは『第二王子の婚約者に嫌がらせをされた』と嘘をついて第二王子に近付いたあばずれ」という噂を配下を使って流した。

 学院の生徒とその家族、家の使用人や出入りの商人はこちらが真実だと周囲に話し、「第二王子以外の男も複数たらし込んでいる」と情報を追加するナイスアシストをし、噂はマリー性悪しょうわる説で上書きされつつある。


 しかし、ジョルジュが婚約者を蔑ろにしていることがこうも広まっては、ドゥモン侯爵令嬢は周囲に同情されるか侮られるかだろう。

 マリーを修道院に入れるか適当な貴族に嫁がせるなどしてジョルジュと物理的に離し、噂が落ち着くのを待つほかない。

 ドゥモン侯爵令嬢はジョルジュより一つ年上。あまり待たせては結婚適齢期を過ぎてしまう。

 ジョルジュが学院を卒業するまであと半年。その間にジョルジュの恋心が冷めてくれるといいのだが。



 ◇◇◇


「ドゥモン侯爵令嬢がサンジュの領主館に⁉ なぜ!?」

 夕食の冷しゃぶが喉に詰まりそうになった。


ちまたではジョルジュ殿下、ドゥモン侯爵令嬢、ピアフ男爵令嬢の酷い噂が広まっている。王都やドゥモン領から離れた方が平穏だろうという王妃様の配慮だ。しばらくの間、母上が侯爵令嬢の妃教育を託されたという形で、テグペリ領で預かることになった」


 あの祖母の妃教育…。ドゥモン侯爵令嬢、何も悪いことしてないのに不憫すぎる。


「第二王子とマリーの噂はどこまで本当なのでしょうか?」

 学院では巷よりも詳細な描写付きで噂が広がっている。もちろんドゥモン侯爵令嬢が嫌がらせをしたなど誰も信じていない。


「僕も林間学校は途中で抜けたから詳しくは知らないけど…。殿下は本気でマリー嬢と結婚したいと思ってるよ。両陛下に却下されたらしいけど」

 例の乙女ゲーム本でマリーが第二王子妃になれたのは、婚約破棄が妥当と判断されるほどアデルが悪役だったおかげだろう。


 マリーにはラフさんとトリスタン以外の誰かとくっついてほしいけれど…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る