第29話 蔵書

 そわそわ

「アデル、落ち着いて」

 そわそわ

「父上、落ち着いてください」

 落ち着いているのはトリスタンだけだ。


 ラフさんが我が公爵邸にやってくる。

 出迎えのため、父、トリスタン、使用人一同と玄関前に並んでいる。

 私はもちろんだが、初めて光属性持ちに会えるとあって、研究大好きな父がうきうきしている。


 ゲラン領で別れてから一か月。早くラフさんの顔が見たい。



 ◇◇◇


 ゲラン競技会前夜祭。大きな音と共に夏の夜空に次々と色鮮やかな花火が咲いている。

 貴賓席から花火を見ながら、隣に座るラフさんの綺麗な横顔のラインをそっと見る。


(今回は、あと何日ラフさんと一緒にいられるかな)

 お互い素性を知ったとはいえ、隣国の王弟殿下ではこちらからおいそれと連絡を取って会うことなどできない。


(競技会が終わったら、次はいつ会えるだろう?)

 またラフさんがヒコミテに来た時? 四年後のゲラン競技会? もしかしたらその頃にはもう、ラフさんは誰かと結婚しているかもしれない。


「テグペリ家の蔵書を見てみたい。公爵にお願いできないだろうか」

「喜んで!」


 次の約束ができてからは、毎日が楽しかった。

 さすが武のゲラン、競技会のスタジアムは筋肉ムキムキダイナミック大盛りだ。

 応援席では観戦しながらあちこちで宴会が開かれていた。これがゲラン流らしい。

 オリビアは四年前の剣ユース部門の優勝者だが、今回はトリスタンの隣でお淑やかに観戦するつもりでエントリーしなかったようだ。

 モルガンをボコボコにしてるとこ見られてるから、今更だと思うけどな。

 

 夕食の席では、ラフさんとゲラン辺境伯夫妻が一緒なのでドレス着用だ。

 12歳からずっと男装だけど、女の子のお洒落もたまには悪くない。ゴテゴテドレスはもう作ってないし、ソフィーも嬉しそうだし。

 毎日よその家族と食事をするのは疲れそうだと思っていたが、競技会の話で盛り上がって話題に困るということはなかった。

 それに、オリビアのお兄さんと話している時のラフさんは年相応な感じで、二人のやり取りを見るのも楽しかった。


「アディはココに乗ったことある?」

「背に跨がって歩いてもらったことはあります」

「馬ほど騎乗に向いているとは言えないけど、非常時に走れるようにアディもココも慣れておいた方がいい」

 空き時間には、ラフさんに火魔虎に乗るコツを教えてもらった。長時間は無理だが、かなりスピードが出るらしい。


 後夜祭の前々日に、トリスタンが領主館に到着した。

 林間学校を途中で抜けて、護衛と二人で風魔馬で駆けてきたそうだ。 

 疲れてヘロヘロだったところに、オリビアに勢いよく抱きつかれて力いっぱい締められ、意識を失いそうになっていた。

 慌てて謝るオリビアに、ふらつきながら笑顔を見せるトリスタン。美青年の儚げな微笑みグッとくる。オリビアのために長距離頑張ったんだな。


 ゲラン領滞在中、私はラフさんとペアで扱われた。

 領都まで風魔石四輪バギーに二人乗りだったのでその流れでというのもあるが、オリビアが皆に何か言ったに違いない。何かこう、クラスのいい感じの二人を周りがくっつけようとするノリというか。

 前夜祭と後夜祭も、ラフさんが私のエスコートをしてくれた。

 ラフさんとの身長差は縮んだ。オリビアほどではないが私も身長は女性の平均より高い。長身のラフさんとのバランスは悪くないはずだ。

 エスコートをするラフさんの体温を感じて、手に意識が集中する。手汗をかかない悪役令嬢仕様で本当に良かった。

 オリビアとその兄弟、辺境伯夫妻、旅の途中で合流したラフさんの側近ガスパーさんと護衛ギーさんは、私達を見てずっとニヤニヤしていた。トリスタンはヒヤヒヤしてるっぽかった。


 …ラフさんは、普通だった。

 ラフさんと出会った時、私はまだ13歳の子供だった。

 第二王子はもうすぐ18歳だが、私は学院で彼に再会した時、大きくなったな~と親戚の子の成長に驚くおばさんのような気持ちになった。今も、14歳の少年だった頃の印象が消えない。

 ラフさんにとって、私もそうだろうか。



 ◇◇◇


 光属性は希少で、隣国エノナイ王家の血筋以外ではほぼ発現しない。エノナイでも百年に一人いるかいないかだ。


 昔、エノナイ王家からメーテリンク王家に輿入れした姫がいて、メーテリンク王家にも光属性持ちの姫が生まれたことがあった。

 その姫はテグペリ公爵家に降嫁したのだが、姫の一人息子は若くして亡くなり、公爵家は姫の夫の甥が継いだ。

 姫の夫は研究者で、彼が遺した光属性の研究資料が我が家の図書室にある。


 テグペリ家当主は代々魔法関連の書物を収集していて、我が家の蔵書は研究者の垂涎の的だ。

 そのおかげでラフさんを迎えることができるのだから、ご先祖様に感謝である。


 …不安はある。王都にはマリーがいるから。

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